つつがなく公務をこなし、領主が不在のまま半月が経った頃の事。
書斎にて書類チェックに勤しむ私の耳に、ノックの音が届きます。
お入りになってと中に招くと、当家に仕える侍女が恐る恐る声を掛けてきました。
殿下。大変申し上げにくい事なのですが、領民からの声を募る投書箱が凄いことに……
凄い事とは?どのようなことかしら
……。
殿下もご覧になっていただけますか……
?
とても言いにくそうに確認を促してくる侍女の様子を気にしつつ、私は投書箱が設置されている街の広場へと向かう事といたしました。
◇
城から続く一本道をしばらく行くと、左右に道が分かれます。
左に行けば商店街や居住区へと繋がり、右に行けばすぐに広場へ。
歩みを進める私の一歩後ろを、侍女が足音静かに続きます。
周りは木々で囲まれ大きく円形にくり抜かれたその空間が、城の催事や式典の際に使われるいわゆる公共広場。
行事の無い日は領民の皆様が自由に集える場となっています。
周囲は魔法石を掲げる事の出来るバロック調の街灯が等間隔で並び、石畳が敷き詰められてはおりますが、中心部分だけ使い込まれたかのように削られ石が薄くなっています。
至る所で領民が立ち集まり談笑し、中には座り込み居眠りをしている者も見受けられ、どうやらお話に夢中で私の存在にまだ気付かれていないようです。
広場奥。視線を少し右へと移した時、備え付けられていた投書台がいつもとは違う様子であることに気が付きました。
まぁ、なんということでしょう
投書箱の中を確認するまでもなく、箱自体を埋め尽くす勢いで沢山の意見書が積まれていたのです。
そう、まるで雪崩を起こした雪山のように……。
どういうことでしょう……
殿下が書斎での公務に就かれている間に、領民より寄せられたもののようです
侍女が目を伏せ申し訳なさそうにしているのを尻目に、スタスタと投書台へと近づき溢れ出た投書を手に取り読み上げます。
『この平和な地に於いて、異端審問官の存在は不要』
『異端審問官の解任を要求する』
これは……
全部エリーナさんのことではありませんか
どれもこれも、同じような内容の文面ばかり。
数枚確認したところで、私の存在に気付いた領民が一人、また一人と四方八方から駆け寄り、あっという間に取り囲まれてしまいました。
王女様!
一体何なんですかあのエリーナとかいう異端審問官は!
異端者はあいつの方だろ!
俺んとこも!
税の支払いが一日遅れただけで、店の営業権剥奪されちまったよ!
せっかく果物を差し入れてやったのに、賄賂だなんだっていきなり腕を縛りやがった!
こんな窮屈な生活もう沢山だ!
いい加減にしてくれ!!
なんで王女様はアイツに何も言わないんだい!
奴を追い出せ!
全方位からの苦情の嵐が、矢継ぎ早に私へと浴びせられます。
み、皆様落ち着いて下さい!
怒りの表情は消えることなく、騒ぎを聞きつけた領民が次々と集まってくる始末です。
とにかくこの場を収めなければ……
普段は温和な領民の皆様。
私に対して、このような感情をあらわにしたことなどこれまで一度もございませんでした。
事の重大さを身をもって受け取り、一人一人としっかり目を合わせ語りかけました。
皆様のお気持ちはよくわかりました。
直ちにエリーナさんを呼び出して、事実確認をいたします。
このような事態を引き起こしてしまったのは、紛れもなくわたくしの監督不行き届きです。
みなさま、どうかお鎮まりくださいませ
窮した民に対し深々と首を垂れると、一瞬静まり返った空気に触れ、領民たちはようやく我に返ったように語気を弱めて下さいました。
そんな、頭をあげて下さい王女様
いや、王女様が悪い訳じゃねーからなぁ
王女様に頭を下げられるなんて、なんて恐れ多い事……
こちらこそ、無礼をお許しください
ちょっと言い過ぎたよ
私はゆっくりと頭を上げ、集まった人々の顔を一人一人見つめ返しながら答えました。
皆様のご意見。
しっかりと持ち帰り、目を通させて頂きます。
この事態、必ず何とかしますから、私を信じてお待ちなってください
そうして群衆の外に弾かれていた侍女へ、投書箱に寄せられた意見書を全て書斎に運び込むよう命じ、すぐに城へと駆け出しました。
ディアヒストリー2 終