ディアヒストリー20

リフルシャッフル侯領の東側はバロック調の建物が並び、煌びやかな雰囲気で満たされているのに対し、西側は深い樹木が鬱蒼と生い茂り、暗く不気味な冷気で満たされている。
立ち入った者は行方不明になることが多く、無事帰還できた者も、見たことの無い魔獣や生物に襲われた、追いかけられたといって錯乱する。
何が起こるか分からない。何が潜んでいるかも分からない。調べようにも調べられないこの不思議な領域の事を、人々はいつしか『オカルト域』と呼ぶようになった。

エリーナ
エリーナ

全く……。
何が『好きに使うが良い』だ。
こんな深い森……
私に一体どうしろというのだ

生い茂る草木を掻き分けて、領主様より頂いた『私の森』へと歩みを進める。
時折地図を確認し、進路を示す魔法針を信じひたすら前進し続ける……。
荷物を入れた布袋を肩にかけ
藪漕ぎをして数時間がたった頃、ようやく少し開けた場所にたどり着いた。
木々がこの一画を避けるかのように不自然に生えており、これまで見えなかった青空も何とか覗けるくらいには木と葉の密度が下がっている。

太陽の光は木漏れ日程度と心許ないが、これまで通ってきた道のりを考えると、この場所が唯一まともな場所に見えたのだった。

エリーナ
エリーナ

はぁ……はぁ……。
ここにたどり着くだけでも、重労働ではないか

魔法針の針は空を指し、目的地がここであると教えている。
息を整えている最中、ふわりと青い妖精が目の前を通り過ぎ目を奪われた。

エリーナ
エリーナ

妖精がいるということは、少なくともこの場所は安全という事か……

地図上では、この小さな妖精の生息域を始まりとして、付近の森と、一本の川を渡った対岸の森までが『担当地』と示されていた。
一応北側、もしくはもう少し西側に行けば国境門となり、小さな村は存在するので、何かあった場合すぐに移動は可能となるが、例え助けの知らせを村人宛に出したとしても、進んでこの未開の森に入る者などいないだろう。
私は疲れた体を休めるために、木漏れ日が差し込む草の上に大の字になって寝転んだ。

エリーナ
エリーナ

……せめて、道をつくれとか、家を建てろとか、整備しろとか、何か指示をくれればいいのに……

小さく呟き、ぼーっと揺れる木の葉を眺める。
やがてゆっくりと目を閉じて、視界の全てを遮断した。
私の身体の中には音と気配だけが入り込み、あらゆる想像を掻き立てる。

エリーナ
エリーナ

鳥が、鳴いているのか……聞いたことの無い声だ……魔獣の、声もする……足音と、草の葉が擦れる音……それから、獣の臭いだ……近くに、いるのだろうか……

閉じていた目をそっと開き、変わらぬ空を再度見つめる。
そして領主様から言われた言葉を、なんとなく思い出していた。

領主
領主

『自由にせよ。その土地は貴下に任せる』

エリーナ
エリーナ

……自由、か。

私は体を横にし、生えている草をまじまじと観察する。
そこにいた小さな昆虫が音もなく葉先に止まったかと思うと、足をせわしなく動かしたのち翅を広げ飛んで行った。

エリーナ
エリーナ

自由とは、何なのだろうか……
私はここで、一体何をすればいいのだろうか……

考えても、考えても、答えは一向に見つからなかった。
そのうち日が落ち辺りは更に薄暗くなり、冷たく重い空気が不気味に私を包み込んだ。

エリーナ
エリーナ

久しぶりに……行ってみるか

思い立ちゆっくりと身体を起こす。
そう、未開の森へ来ること自体は、私にとって初めての事ではなかったのだ。
ここから更に北へ行けば、そのうち『あの場所』にたどり着く。

エリーナ
エリーナ

領主様はああ見えて無意味なことはしないお方だ。
きっとこの場所を私に与えたのも、『あの場所』に近いということを知っていてのことではないのか

憶測はそのままに、私は傍らに放置していた布袋をあさる。
そして持ってきていた黒いゴシック服に手早く着替え、顔全体を覆う仮面を着けて、金の燭台に3本の蝋燭を差し込んだ。
一通りの準備を終えると、布袋の底の隠しポケットから『あの場所』専用の魔法針を取り出し、しっかりと反応している事を確認する。
今まで纏っていた衣服を布袋の中へしまい終わると、荷物をそのままに歩みを進めた。
仄かに青く光る針先を見つめながら、ただひたすらに、北へ北へと。
目的地は、そう……『魔術師達の集う館』だ。







この地には魔法と魔術、二つの神秘が存在する。
まず魔法は、自然や物体に潜む精霊を呪文によって呼び起こし、あらゆる神秘的な力を付与できる『体外的神秘事象』だ。
この地に生まれた者皆魔法の力を使うことが出来、力の大小はあれど日常生活に欠かせない魔法は、私たちにとってなくてはならない基本能力である。
そして魔術は、一部の人しか使えない特殊な力だ。しかしこれは潜在的に持って生まれるものではなく、知識の量によって扱えるようになる代物だ。
物質に対して使う神秘を魔法と呼ぶのに対し魔術は、人の肉体内や精神に作用する『体内的神秘事象』となる。
例を挙げるとするならば、身体の内側から病を治したり、幻覚を見せたり心を操ったりといった現象だ。
その未知なる所作から人々は魔術師に対してはあまりいい印象を持っておらず、志す者もそういない。
逆に魔術師達も、自らの正体を決して明かさずその力を誇示することも決してない。

辺りは既に真っ暗だった為、火の精霊を宿した燭台を片手に持ち、魔術師達の館へ近づいていく。私は未だ魔術師ではないのだが、縁あってこの館への入室を許された。
この館のルールは、正体を隠し素性を明かさず、他者に対し身元を決して追及しない事。
しばらくぶりに目にした薄暗い館の入り口には、いつもの男女が不気味な仮面を着けながら談笑していた。

女

……ん?アンタ……ノーチェ……?

男

はっ!珍しいな。生きてたか。くくっ

どちらも黒装束にニヤリと笑った仮面を着け、私に気付いて身体を向ける。
ちなみに、私に向けられたノーチェという単語はこの場所での私の仮の名前となる。
ここに集まる全ての者は皆、偽名を用いて交流するのがしきたりだ。

エリーナ
エリーナ

お久しぶりです。ベト、ダレス。
入ってもよろしいですか?

ベト
ベト

ああ。入れよ。
今日は人数は少ないが、お前の事を覚えてるやつもいるだろう

エリーナ
エリーナ

では、お邪魔する

ダレス
ダレス

楽しみましょ……フフ

怪しくも美しいゴシックドレスを身に纏ったダレスが、仮面に声を反響させ籠った笑みを私に伝える。
両開きのドアの左側にベトが、右側にダレスが移動し、ゆっくりと扉が開かれた。

エリーナ
エリーナ

本当に、久しぶりだ……

入室した瞬間、蝋の焼けた臭いが鼻を衝く。
それほど広くない室内。至る所が風化で傷み、蜘蛛の巣だらけの不気味な廃虚。
燭台に灯る蝋燭の明かりのみで照らされたこの橙色の一室には、20名程の魔術師が壁際、中央、テーブルやイスに腰掛けながら談笑している。
もちろん皆、黒装束に仮面といった風貌だ。

エリーナ
エリーナ

たった数年、疎遠になっていただけなのに……

唯一変わらぬ、懐かしい風景。
言葉ではうまく言い表せない不思議な感情が、心の奥底から湧き上がってくる。
見知った人がいないかと室内をじっくり観察していると、壁際で一人腕を組んで室内を見回していた仮面男が私の方に近づき話しかけてきた。

仮面男
仮面男

誰かと思えばノーチェじゃないか。
1年、いや、もう2年ぶりくらいになるかな?

エリーナ
エリーナ

まさかお前……ザインか。
また会えるとは思っていなかった

ザイン
ザイン

なんとか生き永らえたからね。
最近はよく来るんだ

無表情の仮面を着けたザインとの会話中に、横から大柄の男が割って入ってきた。

大柄の男
大柄の男

おっす。ノーチェ

エリーナ
エリーナ

カフか

カフ
カフ

少し見ねぇうちに、だいぶいい面になったな

エリーナ
エリーナ

仮面を着けているのだから、そんなこと判るわけがないだろう

カフ
カフ

判るさ。
この数年で、賢者レベル0から0.5くらいには上がったんじゃねぇのか?
へへ!

エリーナ
エリーナ

殆ど上がってないではないか!

カフ
カフ

馬鹿言ぅなぁ!
魔術師への道を辿れるのは賢者のみ!
お前が魔術師になれるのは、まだまだまだまだまーーーだ先だっつーの!

酷くおどけた仮面を着けたカフは、こうやっていつも私をからかっては奇怪な動きで感情を表す。まるで道化師のようで、なぜか本気で怒れない不思議な力を持っていた。
久しぶりの再会をそれぞれの個性で称え合いつつ、しばし他愛もない世間話を楽しんだ。が、ザインが私の心理を読み取ったのか直球に言葉を投げかけた。

ザイン
ザイン

ねえ。何か悩み事?
さっきから、言葉の切れ目とタイミングを探っているように見えるけど

エリーナ
エリーナ

っ……。流石魔術師……

ザイン
ザイン

まあね。
ついでに余計な事言うと、僕に心を悟られるようじゃ、君はまだまだ魔術師には遠いけどね

エリーナ
エリーナ

本当に余計な事を言う!

ザイン
ザイン

で?なに悩んでるの?

この場にいる連中には、隠し事というものが通用しない。
私は即座に観念して、本題を口にすることにした。
というかそもそも、話しを聞いてもらいたくてこの場所に来たのだから、きっかけをくれて正直助かった。

エリーナ
エリーナ

実は自由にしていいと、とある土地を頂いたんだ

ザイン
ザイン

へぇ。凄いじゃないか

カフ
カフ

はっは~ん。
自由を手にしたはいいが使い方がわかんねぇって奴か!

エリーナ
エリーナ

……っ

ザイン
ザイン

図星だね

エリーナ
エリーナ

なんでまだ何も話してないのに、そこまで的確に悩みを言い当てられるんだ……
くっ、毎度のことながら物凄く悔しい……

エリーナ
エリーナ

はぁ……その通りだ

私は近くの壁まで歩いていき、手に持っていた燭台を床に置いた。
そのまま壁に背中を預け、体重をかけ凭れ掛かる。
ザインもカフも私を挟み込むようにして、続いて壁に凭れ掛かった。

ザイン
ザイン

知識のない者に自由は使いこなせない。君に自由をくれた人は、君なら上手く使いこなせると信じて自由を渡したんだろう?

カフ
カフ

お前、いっちば~ん初めにここに来た時言ってたじゃねぇか。
自由が欲しいって。
望み通りそれが手に入ったのに、何悩むことがあるんだよ?

エリーナ
エリーナ

確かに、そうなのだが……

二人からの言葉を蝙蝠が飛び交う天井を見つめながら受け入れる。
自分から望んだ自由だったが、いざ手に入れてみるとよく分からなくなっていた。
今の私は檻から出された愚かな獣だ。檻の中では自由を求め散々暴れまわっていたというのに、いざ野に解き放たれた途端居場所を見失い立ちすくんでいる。
そんな意気地のない自分に心底呆れて言葉を切らすと、ザインが私の仮面をのぞき込み言葉を繋げた。

ザイン
ザイン

簡単だよ。
好きな事をすればいいんだ

エリーナ
エリーナ

好きな事……?

ザイン
ザイン

そうさ。
君の好きな事、もしくはやりたい事は何?

エリーナ
エリーナ

……

とても簡単で、シンプルな質問。
しかし私にとっては、難問中の難問だった。
一言すら答えられずに黙っていると、その様子を見てザインがしみじみ言った。

ザイン
ザイン

本当に君って勿体ないよ。
素質はあるのに知識どころか経験も足りてない。
もっと視野を広げて世界を見なよ。
それから自分の心の中の、もっと、もっと深いところもさ……

励ましているのか馬鹿にしているのか、いちいち棘のある言葉にいつも微妙に喜べない。
絶対いいアドバイスを貰っているはずなのだが、何故か無性に腹立たしくなり苛立った声で反論する。

エリーナ
エリーナ

じゃあ、お前たちならどうするのだ?
自由にしていい、好きに使えと土地を貰ったら、一体何に使うのだ?

その問いにザインは戸惑い無く答えた。

ザイン
ザイン

僕なら剣葬の地を作るかな。本来、人同士の争いで人が死ぬなんてあり得ない。僕たちには素晴らしい英知の結晶『言葉』がある。だけど、それをうまく使いこなせない奴らは決まって『剣』を持とうとするんだ。そいつらが剣を持つとどうなると思う?言葉を断つために命を切るんだよ。馬鹿げてると思わない?

エリーナ
エリーナ

まあ……確かに……

ザイン
ザイン

僕たち魔術師には、人を争わせずに行動を制限させる言葉の知恵がある。でも現状、この知恵を使う前に剣を振るわれてしまったら敵わない。だから僕は、全ての剣をその地に集めて葬り剣の無い世界を創りたいんだ。戦場が血で染まるなんて景色を、二度と見ないようにしたいからね

エリーナ
エリーナ

な、なるほど……

ザイン
ザイン

まあ実際問題、剣葬の地を作ったとしても根本的な問題は解決しないけどね。だって最近では、歩兵銃や騎兵銃を用いて言葉を貫こうとする奴が出てきたんだから。英知を間違った方向に使う異端がいる限り、世界から争いは消えることはない。でも自由にしていい土地があったとしたら、血で濡れてしまった憐れな剣の為にも、僕は剣葬の地を作りたいかな

エリーナ
エリーナ

……そうか……

ザイン
ザイン

君のこれまでの口ぶりからすると、今いる君の地はきっと争いなんてない平和な国なんだろうね。それはほんとに凄いことだと思う。恐らく、かなりのレベルの魔術師がいるんだと思うよ。それも一人じゃない。ただ本人が気づいているかいないかは知らないけどね

ザインは言い終わると背中を壁に付けたまま座り込んだ。
その様子を確認したカフが意気揚々と口を開いた。

カフ
カフ

お?終わったか?次は俺の番だな。俺はな、もし自由に使っていい土地を貰えたなら、そこに美味いもん大量に集めて、美食キャンプを開きてぇなぁ!

エリーナ
エリーナ

美食キャンプ?

カフ
カフ

そうだ!人間、美味いもん食ってるときは皆笑顔だろ?イライラしたら、取り合えず美味いもんを食う!哀しいことがあったら、取り合えず美味いもんを食う!とりあえず食っとけば、平和平和!はっはっは!

エリーナ
エリーナ

そんなに食ってばかりだと健康を害する。
更に言えば食料が足りなくなってしまうのではないか?

私の疑問にカフは大げさな身振り手振りで回答した。

カフ
カフ

そこだよ。そこなんだよ!まず健康な。健康なんて知らねぇ!美味いもん食って死ねるなら一番幸せじゃねーか??

エリーナ
エリーナ

まあ……確かに……

カフ
カフ

だろぉおおお!剣で切られて死ぬより、飢えに耐えられなくて死ぬより、満足いくまで食って死んだほうがいっちばん幸せな人生だって!

エリーナ
エリーナ

な、なるほど……

カフ
カフ

次いで食糧難についてだが、まず食いもんについては金をとるのをやめるべきだと思う。食いもんは自由!金銭不要!そしてだな、国防やら兵力やらに金や力を使う暇があるのなら、畑を耕せ!木を植えろ!皆が皆食いもんの為に働けば、食糧難にも陥らず取り合いにだってなりゃしない!完璧な計画だな!はっはっは!

ザイン
ザイン

ほんと、細かい部分を突き詰めれば色々破綻している計画だとは思うけど、着想は悪くないよね。うん。それにカフが言うと何故か不思議な説得力がある。流石だね

カフ
カフ

だろぉおおお!よくわかってるじゃないか相棒ぉおおお!

テンションが上がったカフは座り込むザインの隣に無理やり引っ付き肩を組んだ。それをやや鬱陶しそうに身体をのけぞらせながらも、満更でもないよう受け止める。
そんな二人の様子を観察しながら、私も膝を抱えて座り込んだ。

エリーナ
エリーナ

凄いな、二人とも。しっかりとした夢があって……

そんな私の呟きを聞いて、二人はやれやれといった様子で壁から離れ、私の前であぐらをかいた。

カフ
カフ

全くお前って奴は。6年前からその調子は変わんねぇなぁ

ザイン
ザイン

ホント、楽しい気分が台無しだね

エリーナ
エリーナ

……も、申し訳ない……

私は拗ねた口調で言葉を返す。
数秒の沈黙の後、ザインが小さな溜息を吐いて口を開いた。

ザイン
ザイン

仕方ないな。
今から君に特別に、僕が魔術を掛けてあげるよ

エリーナ
エリーナ

……え?

そういうとザインは私の身体をグイっと引き寄せ、仮面越しに顔を近づけてきた。
膝を抱えていた私は体制を維持できなくなり、片手をついて身体を支える。

ザイン
ザイン

目を閉じて、僕の言葉を追いかけてみて

仮面越しに、くぐもった声が聞こえてくる。
私は言われた通りに目を閉じた。

ザイン
ザイン

遥か昔。
幼い君の記憶の景色。
君は見ていた。空を、土を。
君は聞いていた。音を、声を。
耳から聞こえる声は、家族の声?
それとも誰か、他人の声?
聞こえた声は、全て幻。
君の声だけを、思い出して……

抗う事の出来ない不思議な力を持った囁きが、私の意識を引いていく。
ザインの言葉を追いかけて、記憶の中を辿っていった。
すると数秒後、まだ幼かった日の記憶の断片に手が届いた。

エリーナ
エリーナ

私の声だけ……私の声だけを、思い出す……

幼少期のエリーナ
幼少期のエリーナ

『ねぇ。魔獣さん?私のこえは届いているの?いないの?言葉のいみは、わかるのかなぁ』

幼少期のエリーナ
幼少期のエリーナ

『いつもなにを考えているの?たいくつじゃない?おにくは食べれる?』

幼少期のエリーナ
幼少期のエリーナ

『動かない……死んじゃった……。どうして死んだの?どうして?どうして?』

幼少期のエリーナ
幼少期のエリーナ

『今日も動かない。明日も動かない?とりあえず、うめてあげようかな』

幼少期のエリーナ
幼少期のエリーナ

『生き返ったかな?寝ていただけかも?やっぱりほり返して、確認してみよう』

幼少期のエリーナ
幼少期のエリーナ

『したいが、きえた……。3日前にほり返した時はまだあったのに……』

幼少期のエリーナ
幼少期のエリーナ

『なぜ?なぜなの?……知りたい。もっと知りたい』

幼少期のエリーナ
幼少期のエリーナ

『明日も、ほり返して……ううん。もっと、もっと他に魔獣のしたいは……』

ザイン
ザイン

ノーチェ。目を開けて

仮面越しに映る、ザインの無表情の仮面。
私は無意識に目を開けていた。

ザイン
ザイン

どう?何か掴めた?

ザインは私の傍からゆっくりと離れ、元の位置にあぐらをかいた。
その言葉に、深呼吸をして脱力する。
私は確かに掴んでいた。心の奥に埋もれていた。ただ一つの願望を……。

エリーナ
エリーナ

……知りたかったんだ

ザイン
ザイン

エリーナ
エリーナ

私は知りたかったんだ。魔獣、いや、自然の摂理について、知りたくて知りたくて仕方がなかった。誰も教えてくれなかった。そもそも誰も知らなかった。親も、村の人達も、私の行動を制限した。魔獣の死体の観察を始めれば、すぐに叱られ引き離された

ザイン
ザイン

ほんとに。君を呪った親も村人も罪だよ。
それがなかったら、君は今頃森の魔術師になってたかもね

エリーナ
エリーナ

私が呪いによって封じられていたのは『好奇心』と『探求心』だったんだ

ザイン
ザイン

んー。『何故?』とか『どうして?』とか考え込む癖は出会った時から滲み出ていたから、どちらかと言えば好奇心の解呪が本命じゃないかな

カフ
カフ

はっはっは。
どんどん呪いを解いていくな。ノーチェ。
完全解呪までもう少しってとこだ

エリーナ
エリーナ

……ザインの魔術は凄い……。
まさかこうも簡単に呪いが解かれるなんて……

ザイン
ザイン

気付いたのは君自身だよ。ノーチェ。
僕はそれを手助けしたまで。
良かったね。これで少しは光が見えたんじゃない?

エリーナ
エリーナ

うん。ありがとうザイン。
私が頂いた地は森なんだ。
私はその森を、徹底的に調べ尽くそうと思う

私は仮面の下で笑っていた。
次から次へとやりたいことが湧いてくる。
いてもたってもいられなくなる。
こんな感情はいつぶりだろうか。

エリーナ
エリーナ

私は知りたい。知りたいんだ。
今日聞いた魔獣の声は何だったのか。あの足音は何だったのか。あの臭いは何だったのか。
‥‥‥そして息絶えた生き物が、一体どのようにして土に還っていくのかを……
今すぐにでも、調べたいんだ

ザイン
ザイン

ただ、一つだけ忠告しておくね

私の思考を読んでの事か、ザインが改まって言葉を向けた。

ザイン
ザイン

何かを成すには『大義』が必要だ。
例えば僕なら『武器の根絶』。カフなら『食の平等』だ。
ただ知りたいだけでは自分本位で弱すぎる。
今すぐじゃなくていいから、何か大義を掲げるんだ

エリーナ
エリーナ

……か

ザイン
ザイン

うん。忘れないで

私が俯き考え始めると、ザインは立ち上がり埃を払った。

ザイン
ザイン

僕はもう行くよ

カフ
カフ

ん?
なんだ。もう帰っちまうのか?ザイン

ザイン
ザイン

うん。今日はもう満足したからね。
……カフ。例の話、ノーチェに聞かせてあげて

カフ
カフ

……分かった

二人の間だけでなにやら不穏なやり取りを交わし、そのまま背を向けザインは帰っていった。
私は残ったカフに視線を向けて、例の話とやらを期待する。
おどけた仮面とは裏腹に、恐らく中の表情は曇り目線を逸らしているように感じられた。
しばらくの沈黙の後、重そうな声で話し始めた。

カフ
カフ

お前が探している異端。
どうやらこの国の近くまで来ているらしい

エリーナ
エリーナ

っ……!それは、本当か……

カフ
カフ

おう。東の方からやってきた魔術師達が噂してたんだ。
黒い鎧兜を身に纏った連中がウロウロしてるってな。
魔法じゃねぇ怪しげな術を使う女を一人連れてたって話だ

エリーナ
エリーナ

あいつらだ……

カフ
カフ

だろうと思ってな。
幾つか情報を引っ張っておいた

エリーナ
エリーナ

教えてくれ

カフ
カフ

まず性質についてだ。
黒兜軍団と戦ったことがあるやつの話だが、黒兜と兵の関係が奇妙だ。
黒兜が右を向けと言えば右を向き、左を向けと言えば左を向く。
そして死ねと命ずれば、何の疑問も持たず死ぬそうだ

エリーナ
エリーナ

馬鹿な……。
あいつらには、恐れや意志というものが皆無なのか?

カフ
カフ

まるで黒兜の操り人形だとよ。
兵の目には光がなく、個性というものが全く見られない。
更に見たところ、兵の闘志の原動力は、名誉や誇りではなく『意地』だと言う推測だ

エリーナ
エリーナ

意地……だと?
そんな意地を張って、一体何になるというのだ

カフ
カフ

さあな。
それから怪しげな術を使う女。
どうやら妖術師というらしい。
こいつは訪れた地の先住民に何らかの術を施し、寝返り、裏切りを誘発させている

エリーナ
エリーナ

なんて卑怯な……

カフ
カフ

知識でもって人を導く俺たち影の魔術師、ましてや光の魔術師達とは訳が違う。
こいつは優れた術を悪用する完全なる異端だ。
こういうやつらがいるから魔術師は誤解され狩られる対象になっちまうんだ

カフは急に黙り込み、大きなため息をついて話を続けた。

カフ
カフ

ただ……少し分からねぇことがある。
お前はこいつらを『倭の者』だと言って俺たちに情報を求めてきた。
しかしだな、噂で入って来る『倭国』の情報と『黒兜軍団』の情報が少し乖離してるんだ

エリーナ
エリーナ

……どういうことだ……?

カフ
カフ

俺もうまく説明できねぇが、東の魔術師達はこいつらの事をこう呼んでいた

カフはあぐらに頬杖をつきながら吐き捨てた。

カフ
カフ

……『倭寇』……

エリーナ
エリーナ

……わこう?

カフ
カフ

俺が知っている情報はここまでだ。
気を付けるんだな……

カフは重そうに立ち上がり背中を向けた。
別れの合図のつもりか右手を軽く上げた後、扉の向こうに消えていった。
見知った顔がいなくなった後、一人取り残された廃虚の中で私は静かに立ち上がる。

エリーナ
エリーナ

もう、罪は重ねない……

私は胸に決意を固め、燭台の炎をじっと見据えた。






ディアヒストリー20 終了