サブストーリー1

【祓魔師と魔女の前日譚】

つまんなあい、と間伸びした声が工房に響く。いったい何度目になるやら。
机に顎を乗せて完全にふてくされた少女が羽根ペンで羊皮紙に落書きをしながら、制作意欲が湧く珍しい怪物はいないのかと嘆く。刺さるような視線を背中に受けながら、私はファンタジー市用に拵えたカタログを綴じていた。トランクの中ではラッピングされた我が子たちが、キョロキョロと辺りを見回している。
異端の魔装具だ、万人受けせずともよろしい。しかし当面は食に困らぬ程度に売れれば良いな、と思うのも事実であるが。
彼女が手慰みに描いた何とも言えぬ見た目の生物が、羊皮紙から剥がれて机の上を歩き出す。思い描いた物全てを現実に変える力。想像力のみで魔装具に属性を付け足したり、目玉の力を抑えることもできる【ストーリーテラーの魔女】は良き仕事仲間であるが、とにかく暇を嫌う。こうなると手に負えない。
絵心が前衛芸術の彼女は、先日も暇を持て余して工房中に謎の生命体を大量に解き放ったばかりだ。あれは悪夢だった。
綴じ終えたカタログを商品と共にトランクに詰めて、ぱたりと蓋をする。
これでファンタジー市へ出向く支度は万全だ。
さてはて、ご機嫌取りは得意ではないが、仕方あるまい。
これ見よがしに古びてきた黒いコートを手に取り、行かないの?と聞いてやれば、行く!と風のように工房の2階へ走っていった。
いや非常に単純…失礼、元気で何より。今から行く世界なら、彼女が物語にしたがる怪物も、私の商売道具になりそうな素晴らしい目の持ち主もいるに違いない。怪鳥の羽と目玉が付いたお気に入りの帽子を目深に被り、重たいトランクを手に取った。
さあ、いざ現世へ。

(text by HAL)






【名もなき男の目撃録】

遠くからでも異様な風貌に目を引いた。
痩身に足元まであるコートを着込んだ姿は、牧師のようであったが、隣に連れた少女はお付きの修道女といった風でもなく、全身を黒に包んだ2人の姿はどうにもこの城下町では浮いている。
城下町の広場で月に2日開催されるファンタジー市では、生活に必要な糧から、何に使うか解らないへんてこなものまで何でも揃う。
当然、様々な姿の行商人がやってくる。彼らもその類いなのだろうか、黒いコートを靡かせながら、いそいそと商品を並べていた。
通りがかりに覗いてみるかと、並べている商品に視線を送ると無数の目玉がこちらを一斉にぎょろりと睨んだ。
ひっ!思わず声が出てしまった。すると、牧師風の男が、不気味な笑顔で声をかけてきた。
聞けば悪魔祓い師だという。彼の方がむしろ悪魔なのではないかと思うほど、目の周りを真っ黒に塗りたくった特徴的な化粧と黒い縁に白い眼がさらに不気味であったが、話してみると案外気さくで、思っていたよりずっと声も高い。
白い眼はとある悪魔によって魔寄せの呪いを受けたそうだ。
故に目の周りを特殊なまじないで囲って、魔除けとしているという事だった。
彼らは旅をしながら悪魔祓いや魔物討伐をし、日銭を稼ぐのに魔物の目玉を加工して装身具にしているらしく、主に悪魔祓い師が目玉の加工を行い、少女がそれに物語をつける事で魔を封じているのだという。
試しにひとつ買ってみるかと、赤い目玉の装身具を手に取る。
呪文を唱えて掲げると、その眼は光を放ち、生前の効力を発揮するそうなので、くれぐれも扱いには気をつける事と念を押された。
闘技場への出場券と共に渡された目玉はじっとこちらを見つめている。
ちょうど広場の真ん中では、腕利きの戦士達が剣を合わせていた。
闘技場も気になるが、ほかの店も気になるな、と踵を返したその時、背後から呪文と共に閃光が炸裂した。振り向き、闘技場に目をやると、
一人の戦士の手には悪魔祓い師から購入したと思わしき目玉の装身具がしっかりと握られている。

えっ…君そんなすごいの…と、買ったばかりの赤い目玉を見つめると、にっと少し目を細め、まぁね。といった表情でこちらを見返した。

(text by medamadara)

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