城へと続く一本道。街の喧騒が一切消えた静かな林を進みます。
やや急ぎ足でしばらく進むと、私の背丈を優に超える石造りの城壁が見えて参りました。
道の果てには、トランプのスート模様に装飾された鉄の門が。
私の姿を確認し背筋を正す若い近衛兵が、本日の城の門番です。
見慣れたお顔に笑顔を送ると、何やらそわそわした様子で私を迎え入れました。
わたくしの留守中、変わりはなくて?
そ、それが、少々厄介なことが……
な、なんでしょう?
罪人を留置する牢をご確認ください。私にはもう、手に負えなくて……
申し訳ございませんと頭を下げる近衛兵をそのままに、すぐさま私は正門入って右奥にそびえたつ牢獄塔へと向かいました。
◇
頂上部分は見張り台。白い石造りの円柱の塔。
牢獄塔へと繋がる小径を歩きながら、その殺風景な佇まいを目に映します。
罪人はこの塔の地下に留置されているはずです。
……といいましても、現在この牢に大罪人が収容されているという話は聞いたことがございません。
ずっと無人……の筈ですが……
薄暗く続く螺旋の石階段を降りていくと、次第に激しい怒声が聞こえてきました。
重く大きな石扉を前に、少しだけ足がすくみます。
誰か収容されてございますの?‥‥‥この目で確かめなければ……
意を決して扉を開けた瞬間。
まぁ、なんということでしょう!
左右に続く幾部屋もの鉄格子。
そしてその鉄格子の間からは数えきれないほどの人間の手や足がはみ出し、酷く籠った悪臭が漂っています。
ここから出せー!
俺は無実だ―!
私が何したっていうのよー!
早く出して―!お願いー!
ふざけんじゃねーぞ!出せ!出せ!解放しろ―!
良く見るとそこには、鉄格子にしがみ付き必死に釈放を求める人々の姿がありました。
そして一人、私の存在に気付いた囚人が声を荒げます。
王女様!!
慈悲深い貴女が何故このような酷い仕打ちを……。
あんまりではありませんか………うう、うっ
その言葉を皮切りに全ての囚人の目が私に向けられ、次々と鋭い言葉が飛んできます。
貴女様がこのような酷い命を下すとは思いませんでした
王女様はお変わりになられた。この地はもうおしまいですなぁ
この暴君貴族め!そんなに民を苦しめて楽しいか!?ああん!?
お待ちになって!わたくしが一体、何をしたのでしょう……
しらばっくれるのか!?俺たちをここに放り込んだのはあんたじゃねーか!
わたくしが?!でございますの?
アンタの命なんだろ!?罪人は一人残らず投獄しろって
わたくしは、そんな命など下してはおりません。
どなたがそのような……
あの悪魔神官のエリーナだよ。
口々に言ってたぜ。俺たちを投獄するのは、『シャッフル王女のご意向である』ってな
そ、そんな……
私は言葉を失いました。
罪人を拘留する説得材料に、まさか私の名を使っていたとは。
お話を聞いて下さい王女様。
あの審問官、捉えた矢先に兵へ身柄を渡し牢へ入れろと突き放すのです。
どんなに勘違いだと話しても事情の一つも聞いてはくれない。
ここにいる殆どの者は、罪とも呼べない罪で捕らえられているのです……ああ、ううう
顔を歪ませながら事の成り行きを話して下さいましたこの年老いた殿方は、鉄格子を握りしめたまま脱力し呻き声を上げ、ずるずるとその場に跪かれました。
その様子に、事の全容把握が最優先であることを悟ります。
こうして私は、手を伸ばす囚人達の話を一人一人伺って回りました。
酷く衰弱しきった者、必死に無実を訴えかける者、恋人の様子を気にする者、そして私の良く見知った方々まで……。
時間の感覚が麻痺する牢。皆と話して分かったことはただ一つ。
嘆かわしいことに、囚人の殆どは私からしてみればほぼ無実であり、例え無実とはいかなくても、投獄するにはあまりにも軽い罪の者たちばかりでした。
口を開けた者全員の言葉を耳にした後、皆に聞こえるように宣言します。
皆よくお聞きなさい。
罪なき者、この場にいるに相応しくない者。必ず私が解放いたします。
その為に、少し時間を下さいませ
様々な声色のざわめきを耳に入れつつ牢に背を向け、重い石扉をゆっくりと動かします。
閉じた石扉を境に一人になった私は、自分の言葉の責を改めて心の奥底に刻み、その場を後にし外へと抜け出しました。
真っ暗に染まった景色の中、涼しい風が髪を揺らし、ひんやりと私の頬を撫でていきます。
見上げた空には、優しく輝く大きな月。
そこで初めて、時刻が既に明日へと移り変わっていることに気づきました。
月があんなに高く……。
ずいぶんな時間を牢で過ごしていたようですね……
疲れ果てた私は、力なく牢獄塔の壁にもたれ掛かります。
明日、エリーナさんを問いたださねばなりません
怒りよりも今は疲労が勝り、しばらくその場で夜空を見つめます。
静かに一度目を閉じた後、月の光に慰められながら、ゆっくりと自室へ歩みを進めるのでした。
ディアヒストリー3 終