ディアヒストリー15

城から街へと近づくにつれて、次第に人の往来が目立つようになって参りました。
2人肩を並べて歩いているのですが、堂々と歩く私に対して、エリーナさんはキョロキョロと辺りを見回しては視線を落とすの繰り返しでございました。
商店がちらほらと見え始めてくると、次第に街人達のひそひそ声が聞こえ始めます。

街人1
街人1

え!?あれ……もしかして悪魔の審問官殿かい……?

街人2
街人2

いや、まさか……随分印象が……

街人3
街人3

いやいや、冷酷無慈悲な審問官だ。いきなりあんな恰好して、一体何があったんだ

その言葉を聞いたエリーナさんが、引きつった顔で私にひそひそ語りかけます。

エリーナ
エリーナ

シャッフル王女……

皆が奇異の目で私を見ています

シャッフル王女
シャッフル王女

当然でございます。

これまでのエリーナさんとは違う一面を皆さんにお見せしているのですから

エリーナ
エリーナ

物凄く恥ずかしいのですがっ……

シャッフル王女
シャッフル王女

心を強くお持ちになって。

人は見慣れぬものに対して、否定の意を持つ言葉を放ち常識の領域を守ろうといたします。

しかし見慣れてしまえば、後はその人の中身次第。

貴女を貴女として受け入れて下さることでしょう

エリーナ
エリーナ

そういう問題ではなく、ただ単純に似合っていないのでは……

シャッフル王女
シャッフル王女

もちろん、人には似合う服、似合わない服がございます。

それを知るのもまた試練ではございますが、ご安心なさい。わたくしがお見立てしたのですから、似合わない事なんてございませんでしてよ

エリーナ
エリーナ

そう、ですか……

複雑な表情で返事を返したまさにその時、一人の少女がこちらに気づき、瞳を輝かせながら近寄って参りました。
母親とみられる女性は、野菜売りの店主とどうやら話し込んでいるご様子で、我が子の行動に気づいていないようでした。
私とエリーナさんは自然に足を止め、自分たちの前でぴたりと歩みを止めた少女を見つめます。すると……

少女
少女

……おねーさん、きれい!!

エリーナ
エリーナ

はっ……!?

少女の視線は間違いなくエリーナさんを指していました。
突然のことにエリーナさんはすっかり固まり、言葉を失っておいでです。
そんな様子を微笑ましく眺めながら、私は少女に語りかけました。

シャッフル王女
シャッフル王女

ありがとう。素敵なお嬢さん。

かわいいお洋服はお好きかしら?

少女
少女

うん!

わたしもおっきくなったら、おねーさんたちみたいな、おしゃれさんになりたい!

シャッフル王女
シャッフル王女

ふふ。素敵な心掛けでございますこと。

いつかお母様と、アトリエ・リフルシャッフルにいらっしゃい。

理想の乙女になる為の、秘密のお話をいたしましょう

少女
少女

うん!!

満面の笑みで返事を返した小さなレディは、すたすたと母の元へと帰っていきました。
未だ固まるエリーナさんに、私は明るく声を掛けます。

シャッフル王女
シャッフル王女

ふふ。ご自分で思っている以上に、貴女は素敵なレディでしてよ

エリーナ
エリーナ

は、はぁ……

困ったように微笑んだ後、ちらちらとこちらを見ては満面の笑みを見せる先ほどの少女に目線を合わせます。
きっとあの少女は純真な天使。その証拠に、次第にエリーナさんのお顔は安らぎを取り戻し、たいそう美しいお顔に変化しておいででした。

シャッフル王女
シャッフル王女

さあ参りましょう。

美容に欠かせない、乙女の必需品を買い揃えなくては

こうして再度エリーナさんの手を引き、馴染みの店へと急ぎ足で向かうのでした。







数時間をかけ、決定的に不足している美容アイテムや下着類、そして化粧道具等を最低限の量で買いそろえました。悩む都度そのアイテムを手に取り、エリーナさんに美容の知識を教え込みます。
意外にも、植物由来のものや魔獣由来のアイテムに興味をお示しになりまして、私のお話を深く聞き、頷いていらっしゃいました。
只今最後の一軒にて品定め中……。
対象物は、コンパクトミラーとコームです。
エリーナさんの性格上、本日購入したもの全てを部屋中に散乱させてしまう可能性がございますから、追加でそれらを収納できるメイクボックスも検討しています。
すっかりお買い物に楽しさを見出したエリーナさんは、店の片隅で真剣にアイテムを物色しておられます。
こちらの店に訪れるのは幼少期以来。珍し物好きの店主が集めた異国の日用雑貨アイテムが店いっぱいに並べられており、よく遊びに訪れては異国の話しや生活模様をおとぎ話のように聴かせて頂きました。

店主
店主

まあまあ!これはお久しゅうございます!

どなたかと思えば王女様ではございませんか!

すぐに気づかず失礼いたしました!

シャッフル王女
シャッフル王女

ご無沙汰しておりますマリア。

お元気そうで嬉しいですわ

カウンターにて読書に耽っていた女性こそこの店の店主マリア。
私に気づくと急いで近くまで駆け寄って下さいました。

マリア
マリア

まあまあ!
小さい頃よりお変わりなく、いえいえ!
ますますお美しくなられて……
このマリア感涙でございます!

私より背の高いマリアは、目に涙を浮かべて手を取ります。
ウェーブのかかった金髪をふわふわ揺らし、細くもしっかりとしたお身体いっぱいで喜びを表現しています。
お歳は50を過ぎているとお見受けしておりますが、そんなお歳を感じさせない程元気で明るい女性でございます。

シャッフル王女
シャッフル王女

ありがとうマリア。

気品高きマリアよりのお言葉、まこと幸甚に存じます。

お品が随分増えたようですね。

また旅に出掛けていらしたのかしら?

マリア
マリア

ええ。少々東の方を訪ねておりました。

ここにはつい1年ほど前に戻って来たのですよ。

あちらをご覧ください。

丁度あちらの棚に見えますのが、新しく仕入れてきたアイテムたちでございます

ふわりとした手つきで案内され、自然と足が動きます。そして示された棚の前で歩みを止め、美しくも不思議な形状のアイテムたちをまじまじと眺めます。
一点一点を吟味してしばらく、その中にとても気になるものを見つけました。

シャッフル王女
シャッフル王女

これは……

私の視線を読み取ったのか、静かに近づいてきたマリアが丁寧に解説してくださいました。

マリア
マリア

こちらにございますのは、遥か東の国にあるという『倭国』で作られた漆器です。

ウルシという木から採れる樹液を塗っているそうでございます。

水にも熱にも強く、何より大変美しい……。

こちらをご覧ください

マリアはすぐ横にあったコンパクトミラーと、半円状のコームを手に取り差し出しました。
不思議な形、なれど大変美しく、ミラーの裏側にはいびつな形をした木と山が、コームには花びらが5枚ある可愛らしいお花が描かれておりました。

マリア
マリア

倭国の『手鏡』と「櫛」でございます。
手鏡の裏に描かれております樹木は『松』、櫛の表側に描かれておりますのは『桜』という花でして……

すらすらと語りだしたマリアの声を聞きながら、私はその二つを手に取り格別の美しさに目を奪われます

シャッフル王女
シャッフル王女

なんて美しい装飾なのでしょう……

そう心の中で呟いた、その時。

シャッフル王女
シャッフル王女

桜……松……わ、こく……うっ!

ほんの一瞬、電撃が走ったかのような頭痛を感じ、とっさに片眼を瞑ります。
次の瞬間、脳裏に黒く輝く甲冑騎士が現れました。
しかしそれは、私の良く知るプレートアーマーではなく、角ばったシルエットに鋼鉄の体躯、そして頭部には牡牛を思わせる二本の角が装飾された、悪魔のような形相の甲冑でした。

シャッフル王女
シャッフル王女

なんですの……っ、このような恐ろしいモノ、存じ上げませんわ……

エリーナ
エリーナ

シャッフル王女。お待たせしました

突然の呼びかけに我に返ります。
声のする方を振り向くと、ミラーとコームを抱えたエリーナさんが立っていました。

エリーナ
エリーナ

いかがされました?顔色が……

シャッフル王女
シャッフル王女

い、いえ。なんでもございません

とっさに笑顔を取り繕い、手に持っていた手鏡と櫛を元の位置に戻します。
するとエリーナさんはその手の先をじっと眺め、重い口調で言葉を溢しました。

エリーナ
エリーナ

……それは……もしや……

マリア
マリア

ん??……あらまあ!
もしかして貴女は異端審問官のエリーナ殿でございまして!?
最近お噂が途絶えておりましたが、その清楚な容姿は……
一体いかがなさったのです??

マリアはなんとも不思議な生き物を観察するように、足元から頭の先までなめるように観察し言いました。

エリーナ
エリーナ

こ、これは、なんというか……

言い淀むエリーナさんに代わり、私が事のあらましを説明いたします。

シャッフル王女
シャッフル王女

本日より、エリーナさんをわたくしの専属侍女に任命いたしましたの。

最近は城への来客も多くなりましたから、わたくしの公務をいろいろとお手伝い頂く予定でございます

マリア
マリア

左様でございましたか。

なんともまあ、誇らしい任に付きましたねエリーナ様。

王女様がお傍にいて下さるなら、うふふ。

もう安心でございます

マリアは含み笑いながら、エリーナさんと私を見比べました。

シャッフル王女
シャッフル王女

マリア。

エリーナさんがお持ちの品を頂きたく存じます。

合わせていかほどかしら?

マリア
マリア

あらまあ!良いものを!

エリーナ様は良い目をお持ちでいらっしゃいますよ。

そうでございますね……

合わせて500クローネでございます

金額を聞き金貨を取り出そうとした私の手を、マリアがそっと制止します。

マリア
マリア

うふふ。

お金は結構でございますわ王女様。

エリーナ様の新しい門出のお祝いに、私からのささやかな贈りものとしてお納めください

そしてエリーナさんの方を向き微笑みました。

マリア
マリア

そうそう、決して賄賂ではございません故、私を捕らえたりはしないでくださいませね

エリーナ
エリーナ

わ、わかっています。

もう……そんなことは致しません

マリア
マリア

おほほ。良かったですわ

申し訳なさそうに、そして恥ずかしそうにそっぽを向きごまかすエリーナさんを、マリアは楽しそうに見つめています。
かつてより見慣れた優しい笑顔に触れ、もう少し共にいたいと、ふいに懐かしさがこみ上げましたが、数秒眼を瞑り振り切ります。

シャッフル王女
シャッフル王女

それではマリア。そろそろお暇いたしますわ

マリア
マリア

左様でございますか。

しばらくはこの地に身を置いてございますから、またいつでも遊びにいらして下さいませね

シャッフル王女
シャッフル王女

ええ。ありがとう

踵を返し立ち去ろうとした私ですが、先程の黒甲冑の形相が脳裏をかすめ、無意識に足を止めてしまいました。

マリア
マリア

……?いかがなさいましたか?王女様

心配そうに顔を覗き込むマリアに、私は静かに問うてみました。

シャッフル王女
シャッフル王女

マリア。

倭国とは、一体どんなところでございまして……?

それを聞いたマリアは少し考え、教えてくださいました。

マリア
マリア

私も実際に訪れたことはないのですけれど、噂では恐ろしい程の『匠』と『兵』を持っており、中でも『侍』は主の為ならば進んで命すら捧げる深い忠誠心をお持ちなのだそうですよ。兵は皆『鎧兜』を身に纏い、一切の攻撃を受け付けない。『鬼』のような形相で迫りくる歩兵と騎兵の一糸乱れぬ大軍勢は、まさに悪魔の大行進……。想像しただけで恐ろしくございますね……

シャッフル王女
シャッフル王女

サムライ、鎧兜、鬼……

マリア
マリア

しかしながら。自然が豊かでありまして、『四季』という一年のうちに4つの環境変化が訪れるそうなのでございます。この地は年中通して肌寒くございますからね。何とも不思議に思われます。驚くべきことに、魔法も存在しないと聞きますから摩訶不思議で奇々怪々。誰も訪れたことの無い未知の列島『倭国』。恐ろしさと美しさを兼ね備えた……少々不気味な地でございます

数多くの噂を知るマリアは、少し怯えたように目を伏せ自らの言葉をしめました。
店内にある蝋燭時計がジリリと音を立てて消え、仄かな残香がこの場の3人に纏わりつきました。

エリーナ
エリーナ

シャッフル王女。もうじき闇に包まれます。参りましょう

沈黙を破ったのはエリーナさんでした。
暗い空気にしてしまったことに多少の罪悪感を抱き、私は出来るだけ明るく振舞います。

シャッフル王女
シャッフル王女

左様でございますね。

マリア、貴重なお話をありがとう。

また伺いますわ

マリア
マリア

ええ。いつでも、お待ちしておりますわ

満面の笑みで手を振るマリアを、扉を閉める最後の瞬間まで目に焼き付けます。
こうして私たちは、マリアの店『ヴィ・エトランジェ』を後にしました。







辺りもすっかり薄暗くなり、街のいたるところで、蝋燭の明かりがちらほらと灯り始めました。
各店の店主達が、火の魔法を駆使し照明方法に趣向を凝らします。
店の軒先や魔法石の街灯。果てまで続く光の道。
昼の街の姿とはまた少し違う幻想的な夜の風景は、幼き頃より変わらない、私の大好きな「街の姿」の一つです。
仄かに灯る炎の揺らめきや魔法石の輝きを眺めつつ、私とエリーナさんは城へ向けて歩みを進めておりました。
するとそれを見たとある男店主が、陽気に声をかけてくださいました。

男店主
男店主

おやおや王女様。

これからお城にお帰りで?

お隣のレディは‥‥‥

えっ!?悪魔神官のエリーナ殿!?

まるで異形にでも遭遇した時のような物凄いお顔で驚くこの殿方は、川魚を専門に商いを行う魚商人、アンドレアス。
時折生きた川魚をガラス瓶に入れて持ち帰り、商店街で遊ぶ幼き日の私に見せて下さっておりました。

エリーナ
エリーナ

はい。私です。何か問題でも?

アンドレアス
アンドレアス

い、いやぁ……よく、お似合いで‥‥‥

シャッフル王女
シャッフル王女

ごきげんよう。

アンドレアス、本日もお魚は完売のようですね

アンドレアス
アンドレアス

あい。お陰様で!

ありがたい限りです

シャッフル王女
シャッフル王女

佳きにございます

いつものように言葉を交わし微笑むと、思い出したかのようにアンドレアスが言葉を繋げました。

アンドレアス
アンドレアス

あ!

そーいえば今日はファンタジー市の日じゃございませんか?

いつもみたいに、あのーふりふりした変わった洋服や洒落たマント、お出しにならないので?

シャッフル王女
シャッフル王女

本日は侍女の二人に任せてございますの

アンドレアス
アンドレアス

おおそうでしたか!

いやね、なんでも今日は、一段と商人の数が多いみたいで、たいそう賑わっているみたいですよ?

たまにはお忍びで客人として行ってみるのはいかがですかい?

アンドレアスが仰っているファンタジー市とは、城近くの広場を使って行われるフェスティバルの名称です。 
月の初めに一度だけ、我が城近くの公共広場を商人様へ貸し出しまして、大規模なマルシェを開催しています。
剣や魔法アイテムを取り扱う商人様が領内各地から訪れまして、自慢の品やマルシェ限定アイテムなどを持ち寄り披露しあう、我が侯領随一のフェスティバルです。
私も侍女らと共に毎月お洋服を持ち寄っては店を構え、多くの方と交流し楽しき時を共有していたのですが、今回ばかりは、侍女の二人に露店を任せエリーナさんの教育に励みます。
毎月の催しなので商人も管理の兵も慣れたもの。
滞りなくフェスティバルを進行できるようになりました。

シャッフル王女
シャッフル王女

仰る通りですわ……

いつも商いをする立場で参加をしてまいりましたが、お客様で参加をするのは初めてでございます。

エリーナさん、行ってみませんこと?

エリーナ
エリーナ

そうですね……私も兵に仕事を任せてきておりますので、少々様子が気になります

シャッフル王女
シャッフル王女

では参りましょう。

アンドレアス。情報ありがたく頂戴しました。

それではまた

アンドレアス
アンドレアス

あい!お気をつけて!

上機嫌で手を振るアンドレアスに微笑みを返し、エリーナさんと共に広場に向かいます。
数分程歩くと、街の賑わいの声とは明らかに違う人々の騒めきが、だんだんと大きく聞こえて参りました。
歩みを進める程にそれは笑い声へと変化していき、皆の笑顔を想像し胸を膨らませます。

そしてついに、一際明るい街の一画へ。
期待に胸を膨らませつつ、その広場へ足を踏み入れたのでした。

まあ。なんということでしょう。こんなに賑わっているのは初めてかもしれません

目に飛び込んできたのは、まばゆい程の魔法の光。
いくつもいくつも灯った蝋燭に、青や緑に輝く魔法石……。
丸い広場のふちに沿って並ぶ数多くの露店は、かつてない程にぎゅうぎゅう詰めです。
広場中央にある魔法闘技場では、魔法使いや冒険者が買ったばかりのアイテムを手に腕試しをしておりまして、大勢のギャラリーが闘技場を取り囲み、技が決まる度に悲鳴や歓声を上げ盛り上がっておりました。

エリーナ
エリーナ

確かに、私もこんなに賑わっているファンタジー市は初めて見ます

エリーナさんと二人驚きつつ、ゆっくりと広場内を練り歩きます。
すると……。

露店商人1
露店商人1

うわぁ!あ、あれは!?

悪魔の徴収官じゃないか!!

露店商人2
露店商人2

お、おい!

俺たち、さっき兵にちゃんと税を払ったよな!?

露店商人3
露店商人3

なんでいるんだぁ……

まさか今回は税を2倍取る気か

露店商人4
露店商人4

いつもと姿が違うぞ!

恐らく覆面調査だ

エリーナさんの姿を確認した商人たちが一斉に怯え、噂話を始めました。

シャッフル王女
シャッフル王女

ふふ。

エリーナさんたら、毎月一体どうやって税徴収をしていらっしゃるのかしら。

大そう恐れられているご様子ですこと

エリーナ
エリーナ

別にっ、普通に徴収しているだけですよ。

普通に……

シャッフル王女
シャッフル王女

左様でございますか

エリーナさんが顔を向ける度に顔を背ける商人達の様子がどうにも滑稽で、ついつい笑みがこぼれてしまいます。
しばらく歩くと、エリーナさんは仕事を任せてあった兵を見つけたようで、少々失礼しますと言って人混みの中へ消えていきました。
私は様々な露店をぐるりと見回した後、侍女たちの露店へと立ち寄ります。
話しを聞いたところによりますと、昼間は更に大勢の人が訪れており、闘技場では奇術師がトランプマジックを披露していたとのこと。
侍女たちも自身で紡いだマントや洋服がお迎えされたことに大変喜んでいるご様子でした。


エリーナさんと合流した後、一緒に闘技場の方へと歩みを進めます。
ひと際明るいその場所では、今まさに魔法戦闘が始まろうとしていたのでした。
闘技場には、ソード&シールドを持つ一人の男戦士と、大きな木製の杖を持った若い女魔法使いが対峙しています。
そして2人の中央にいるジャッジの兵が、楽しそうにその場を仕切り始めました。

近衛兵1
近衛兵1

さあさあ始まります!

冒険者対魔法使いの戦闘です!

それでは冒険者、その武器はどこで手に入れた武器ですか?

お答えを!

冒険者
冒険者

この武器はあそこの武器商人から買ったファンタジー市限定のソード&シールドだ!

火の魔法で強化されていて、どんなモノでも切って防げる優れものだ!

……武器屋のおやじー!

試させてもらうぜー!

冒険者が剣を振りかざし武器商人の方へ呼びかけます。
すると髭を生やした武器屋の店主がひょっこりと顔を出し、大きな声で返答します。

武器屋のおやじ
武器屋のおやじ

絶対負けんなよー!!

売上に関わるんだからよー!!

それを聞くと会場全体が大爆笑。
あらゆるところからいじりの声が入ります。

観衆1
観衆1

はははははは!

観衆2
観衆2

こりゃあ見ものだ!

観衆3
観衆3

あいつが勝ったら俺も何か買ってくか

一通り会場が盛り上がったところで、ジャッジが次の言葉を発します。

魔法使い
魔法使い

それでは魔法使い!

その杖はどこで手に入れた杖ですか?

お答えを!

魔法使い
魔法使い

この杖はあそこの魔法アイテムショップから購入したものさ!

この杖には水の魔法が込められていて、あらゆる液体は私の思うがままになるって訳さね!

そうだろう杖の店主!!

嘘ついたら承知しないよ!!

杖の店主
杖の店主

嘘じゃねーって!

もし負けたら、追加で魔法アクセ1個おまけしてやんよ!

魔法使い
魔法使い

おーほっほっ!

勝っても負けてもおいしいですわ~

観衆4
観衆4

はははははは!

観衆5
観衆5

さあてどっちが勝つかねぇ

観衆6
観衆6

こりゃあ負けた方が得じゃねーか!

近衛兵1
近衛兵1

それでは準備はいいですか!

両者……ポーズ!!

ジャッジの掛け声とともに両者とも目を閉じ攻撃態勢に入ります。
そして……

近衛兵1
近衛兵1

チェック!

ジャッジの掛け声に合わせて、両者がキリッと目を開かれました。

近衛兵1
近衛兵1

アクション!!

これを合図に、それぞれが持つ魔法スキルを詠唱します。

冒険者
冒険者

フレイムソード!!!!

魔法使い
魔法使い

くうううううう!!

冒険者が剣を振り下ろしたと同時に紅蓮の火の粉が魔法使いを襲いました。
片眼を瞑り耐える魔法使い。すぐさま飛んできた火の粉を杖で振り払い反撃です。

魔法使い
魔法使い

アイスブレイド!!!!

冒険者
冒険者

うわあああああ!!

魔法使いが杖を振りかざすと、空気中に漂っていた水が瞬時に集まり剣の形に凍り、冒険者の方へ飛んでいきました。
攻撃が放たれると同時に、観客のテンションも一気に跳ね上がります。
このまま魔法使いが勝利かと思いきや、冒険者はとっさにシールドを構え剣を防ぎます。
勢いよく飛んできた氷の剣は、硬いシールドを貫くことが出来ず美しい音を響かせ粉砕されました。

観衆7
観衆7

おおおおおおお!!

観衆8
観衆8

こりゃ凄い!

観衆9
観衆9

あの武器いいなああああ!

どうやら1戦目は互角。
お互いほぼノーダメージで、続けて2戦目に突入です。
ちらりとエリーナさんの方へ目をやるともう夢中のご様子で、一歩、また一歩と前の方へと詰めていってございます。


私は改めて、闘技場やマルシェ内を見まわします。
商人、旅人、冒険者、魔法使い……。
そこには魔法石の光に負けないほどの、明るい笑顔が煌めいておりました。

シャッフル王女
シャッフル王女

うふふ。皆様とても楽しそう。

この笑顔。どれもわたくしの宝物です

そうして、静かに目を閉じた時でした。
思い思いの感想が闘技場へと放たれる中に、少し気になる声を聞いてしまったのです。

観衆10
観衆10

あ、あれは一体どうなってるんだ?

観衆11
観衆11

危ないじゃないか……なんて野蛮な

それは私のすぐ後ろで観戦していた2人のギャラリーから流れた声でした。
不安そうに見ている若い殿方2人に向かい、私は笑顔で語りかけました。

シャッフル王女
シャッフル王女

もしや、ファンタジー市は初めてでいらっしゃって?

突然の問いかけに驚いたような様子でしたが、ほどなくして1人が返答しました。

旅の詩人1
旅の詩人1

はい。

偶然通りかかった旅の詩人なのですが、これは一体何の騒ぎで?

人間同士が切り合う姿を見て楽しむなんて理解に苦しむ。

怪我でもしたらどうするのでしょう?

闘技場の様子を横目で見ながら、不安そうに仰いました。
私は今目の前で繰り広げられている戦闘の仕組みについて、笑顔で丁寧に解説します。

シャッフル王女
シャッフル王女

この戦闘は、実際に剣を交えることなく行う『魔法戦闘』。

血は決して流れません故ご安心くださいますよう

旅の詩人1
旅の詩人1

そうなのですか??

ですが、2人とも苦しそうに見えるのですが……

シャッフル王女
シャッフル王女

あれは、それぞれのアイテムに込められている魔圧によるものでございます。

その衝撃で少々お顔は歪みますが、次の戦闘時にはすぐに笑顔が戻りますの

旅の詩人1
旅の詩人1

なるほど……

しかしこんなことをして、何の意味が……?

シャッフル王女
シャッフル王女

この闘技場では、個人の力や潜在魔力を抜きにした『アイテム魔力』のみで戦うことをルールとしています

旅の詩人1
旅の詩人1

アイテム魔力?

シャッフル王女
シャッフル王女

ファンタジー市内で手に入れたアイテムには魔法スキルが付与されており、それに込められた魔法の効果や迫力を目視するために、購入者はこの場で剣を振るうのです。

それぞれの商人の威厳を掛けた、一種のエンターテインメントといっても過言ではないでしょう

旅の詩人1
旅の詩人1

へぇ。

この地の魔法は、これまで見てきた魔法の形と少し違う。

特殊な魔法ようですね

シャッフル王女
シャッフル王女

ええ。

大気から育む自然魔法とは別に、我が地の魔法はトランプのスート属性を基礎として発生します。

ハートは水属性、クローバーは火属性、ダイヤは土属性、スペードは風属性となっておりまして、魔法を秘めたアイテムにはすべて、これらのどれかのスートが刻印されているのでございます

私の説明を聞き、二人は3戦目に突入しようとしている冒険者と魔法使いの所有アイテムを凝視します。
ソード&シールドにはクローバーのマークが、杖にはハートのマークが刻印されているのを確認し殿方二人は顔を見合わせました。

旅の詩人2
旅の詩人2

本当だ。マークが彫ってある!

旅の詩人1
旅の詩人1

そういう仕組みだったのですか

シャッフル王女
シャッフル王女

万物にはすべてこの4種いずれかのトランプの精霊が宿っておりまして、それらを呼び起こすには呪文を唱えることが必須となります。

是非商人より魔法アイテムをお買い求めになり、闘技場で魔法スキルを唱えてみてはいかがかしら?

その瞬間、闘技場から物凄い歓声が沸き上がりました。
どうやら決着がついたようです。
その様子を見た殿方二人は再度顔を向き合わせ爛々とした瞳で仰いました。

旅の詩人2
旅の詩人2

うん!なんだか面白そうだな!

旅の詩人1
旅の詩人1

異国の魔法とらやを体験してみるのもアリかもしれません

シャッフル王女
シャッフル王女

ふふ。

心行くまでファンタジー市をお楽しみください

私がそう言って微笑むと、殿方の一人が紳士なお声で一礼しました。

旅の詩人1
旅の詩人1

ありがとうございます。麗しの人。

とても丁寧なご説明にまた一つこの地の魅力を見つけられました。

おかげで良い詩が書けそうです

シャッフル王女
シャッフル王女

左様でございますか。

わたくしもこの地を気に入って頂けて嬉しいですわ

旅の詩人1
旅の詩人1

またいつかお逢い致しましょう、麗しの人。

それでは

スッと踵を返し、若い殿方二人は人混みの中に姿を消してしまいました。
静かに見送ったところで、ちらちらとこちらの様子を気にしていたエリーナさんが不思議そうな顔で問いかけました。

エリーナ
エリーナ

今の二人は、一体誰ですか?

シャッフル王女
シャッフル王女

ふふ。旅の吟遊詩人です。

我が地の詩を、いつか聞いてみたく存じます

こうして、まだまだ賑わいが続くであろうファンタジー市を後にし、今度こそ帰路へとついたのでした。







先程の広場とは打って変わって、この道は恐ろしい程静かです。
私とエリーナさんの足音だけが響くこの帰り道は、なんだかとても新鮮で、月明りだけが、私たちの行く先を照らしています。

エリーナ
エリーナ

前々から感じていたのですが、この道は少々暗すぎると思います。

オイルランプや蝋燭では火事の危険性がありますから、光る魔法石や発光アイテムを道端に設置すべきではないですか?

シャッフル王女
シャッフル王女

その案。

以前わたくしからお父様にご提案差し上げたことがあるのですが、『火の魔法を使い通る者が自分で照らせ。そもそも私には金がない』と却下されてしまいました

エリーナ
エリーナ

本当に……

どこまでも財布の紐を緩めないお方ですね、領主様は。

……しかし最近は事情が違いますでしょう。

……あの懸賞金。

あの懸賞金を使えば、魔法石の100個や200個、すぐに手配が付くでしょうに

シャッフル王女
シャッフル王女

懸賞金ならもうございませんことよ?

エリーナ
エリーナ

ええ!?

そんな、まさか!?

かなりの額だった筈では……

シャッフル王女
シャッフル王女

全てあの舞踏会に費やしたと伺っております

エリーナ
エリーナ

なんということだ……。

自らの領の為に使わず、あんな娯楽に全額を費やすとは……

エリーナさんはがっくりと肩を落としため息をつきます。
お父様の政策は、到底理解されるものではございません。

しかしあの舞踏会にて得られたであろう『未来の利益』は計り知れず、私はその戦略の一部を目の当たりにした唯一の人物となるでしょう。
落胆するエリーナさんをそのままに、美しい満月を見上げて今日という日を振り返ります。

シャッフル王女
シャッフル王女

……本日は、楽しゅうございましたね

エリーナ
エリーナ

……はい。誰かと一緒に買い物だなんて、生まれて初めての経験でした

私のつぶやきに光を取り戻し、エリーナさんもしみじみと呟き夜空を見上げます。
しかし、幸せの余韻に浸る私の心を押しのけて、私は一つの忘れ物に気が付いてしまいました。

シャッフル王女
シャッフル王女

メイクボックス……。

買うのを忘れてしまいました

そうですメイクボックス……。
マリアの店で買おうとしておりましたのに、私としたことがすっかり失念してございました。
私のつぶやきを聞いたエリーナさんが、少々呆れ気味に微笑みます。

エリーナ
エリーナ

もう十分ですよ。シャッフル王女

シャッフル王女
シャッフル王女

左様でございましょうか?

わたくしの予想ですと、あのお部屋に本日買ったものを置いたとたんに行方不明になってしまうのではないかと危惧しているのですが……

エリーナ
エリーナ

ま、まあ……

とりあえず、机の上に置いておきますので……

シャッフル王女
シャッフル王女

とりあえずではなりません。

今朝は本当に驚きました。

個性的なお部屋もほどほどになさって

エリーナ
エリーナ

い、忙しくて部屋の片付けまで手が回らなかったのです……

シャッフル王女
シャッフル王女

言い訳無用。

時間を作り、しっかり片付けるのですよ?

エリーナ
エリーナ

……はい……

あ、かしこまりました

そんな他愛のない会話をしているうちに、城の門の前に到着しました。
エリーナさんがカギを開け、私を先に門の中へ通してくださいます。
静まり返ったシャフル城。不意に、城の右手側奥にある牢獄塔が目に入り、足を止めあの時の事を思い出してしまいました。

シャッフル王女
シャッフル王女

あの、エリーナさん。

一つお尋ねよろしくて?

エリーナ
エリーナ

はい。なんでしょう

戸締りを終えたエリーナさんも、私の傍で足を止めます。

シャッフル王女
シャッフル王女

地下牢の一番奥、通路の突き当りにある隠し牢は、一体何に使われていたのでしょうか?

私の純粋な質問に、エリーナさんは何故か困惑しているようでした。

エリーナ
エリーナ

一番奥の、隠し牢?

シャッフル王女
シャッフル王女

ええ。

奥の石扉を開けましたら少々広めの牢がございまして、中に天蓋付きのベットが置いてございました

エリーナ
エリーナ

あの牢に、そのような場所はございません。

あの牢にあるのは、左右合わせて20室の鉄格子のみ。

その他に牢など存在いたしません

シャッフル王女
シャッフル王女

え……そんなはずは……

わたくしは確かに……

そこまで言いかけて、自分の記憶に自信がなくなります。
私は確かに、隠し牢を見ました。
ですがその中で見たものは、思い出したくない、恐ろしい何かだった。
夢だと思って牢を飛び出したはずですが、もしかしたら隠し牢を見つける前から夢を見ていたのかもしれないと、曖昧な記憶に眩暈がして参りました。

エリーナ
エリーナ

お疲れ……なのですか……?

早く休まれては

心配そうに私を案ずるエリーナさんの様子に、隠し事をしている気配はございません。
酷く霧がかかった様な頭の中を、振り払うように微笑みます。

シャッフル王女
シャッフル王女

え、ええ。

エリーナさんも、本日はお疲れのことと存じます。

明日より本格的に侍女の心得をお教えいたしますので、早朝6時に、わたくしの部屋へおいで下さい。

決して、寝坊などしてはなりませんよ

エリーナ
エリーナ

か、かしこまりました……

自信なさげに返事をするエリーナさんに背中を向け速足で自室へと向かいます。
珍しく誰もいない城の中は静寂に満ちており、お父様や侍女たちの足音が何故か無性に恋しくなります。

シャッフル王女
シャッフル王女

牢で見た幻覚、マリアの店で見た幻影……

一体、何を意味しているのでしょうか

考えても考えても、答えの見えない自身の記憶。
部屋へつき就寝支度を整えた後、安らぎを求めベットの中に身を沈めます。
考えることにつかれた頭はいつしか思考を停止させ、私の意識を無に帰します。
まどろみの世界へと全てが呑み込まれていったその刹那、遥か彼方よりグリフォンの鳴き声が聞こえたような気がいたしました。




ディアヒストリー15 終

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