おはようございます。
15分遅刻。よろしくありません
も、申し訳ございません……
時刻は早朝6時15分。早朝6時に私の部屋へいらっしゃいという命を受けていたエリーナさんが、お約束の時間より15分遅れて到着いたしました。
6時より前に起床していた私はベットに腰掛け、ノックの音が聞こえるのを今か今かと待ち望んでいたのですが、そんな気持ちも露知らず、何の前触れもなく部屋の扉がゆっくりと開かれたかと思うと、御髪の乱れたエリーナさんが恐る恐る入室してきたのでした。
ノックもなしで入室なさるなんて、物騒でございます
お、起きていらしたんですね……
当然でございます
ね、寝坊はしなかったのですが、準備に手間取ってしまいまして……
そういって目を逸らすエリーナさんのお姿を改めて拝見いたしますと、御髪だけでなく服装やメイクがところどころ乱れておいででした。
着なれない服に奮闘し、たどたどしい様子でメイクを頑張るエリーナさんの姿が容易に想像できまして、その努力に敬意を表し、これ以上遅刻については問わないことといたしました。
本日は初日ですから、大目に見て差し上げましょう。
それでは、早速侍女の務めをはたしましょうか
は、はい
返事は常に……?
か、かしこまりました
よろしいですわ
私は笑顔で正解へと導きます。
続けてエリーナさんに、朝の習慣を一つ一つ説いていきました。
まず初めに、入室しましたら窓を開け、空気の入れ替えを行ってください
かしこまりました
私の指示に従い、すたすたと作業をこなしていきます。
窓が開け放たれた瞬間、新鮮な空気が部屋いっぱいに入り込み、あまりの気持ちよさに思わず深呼吸をしてしまいました。
次に身を清めます。
エリーナさん、そちらにある清潔な綿布に水の魔法を掛けて頂けますか?
かしこまりました
そのままでは冷たくございますので、火の魔法を掛けて人肌程に温めてください
かしこまりました
エリーナさんは小さく呪文を唱え、言われたとおりに仕事をこなします。
よろしいでしょう。
それでは、背中を拭いて下さいませ
かしこまりました
このような様子で着替え、整髪、装飾品の選定など私の指示を次々にこなし、難なく朝の身だしなみの準備が整いました。
素晴らしいではございませんかエリーナさん。
貴女侍女に向いているかもしれなくてよ
わ、私は言われたことをただこなしているだけですので、向いているも何もないと思うのですが……
そこは素直にお言葉を受け取るところです
か、かしこまりました
目上の人からのお褒めの言葉を頂いた場合、返答の仕方はいろいろございますが……
そうでございますね。『恐れ入ります』という言葉を使われるのがよろしいでしょう
おそれ、いります?
左様でございます。否定と謙遜を混同してはなりません
かしこまりました……
文法としては謙譲語を習得なさい。
態度としては否定することをお止めになることから始められませ。
自分の事も、相手の事もです
かしこまりました……
無表情のままエリーナさんは少々俯きました。
そんな様子を静かに見つめつつ思います。
な、なんでしょう。この違和感は。
お返事は『かしこまりました』と仰るように指示したのはわたくしですが、まるで同じ言葉を繰り返す絡繰り人形とお話しているようですわ……
常に無表情で指示を完璧にこなすエリーナさんに不満はございませんが、何とも言えぬ違和感が私の感覚に纏わりつきます。
ですがまだレッスンは始まったばかり。深くは気にせず、次の日課へと案内しました。
それでは聖堂に向かいましょう
かしこまりました
◇
聖堂は、城の敷地一番左奥にございます。
私の部屋から一階へ降りエントランスを抜け、侍女らの作業部屋の正面にある出入り口から一度外へ出なくてはなりません。
そうして城の裏手にまわると、教会風の小さな建物が私たちを出迎えてくださいます。
ちなみにこちらの聖堂は領民の皆様もご利用できますよう外門より繋げられておりますので、悩みを持つ方、悲しみを抱えた方、喜びや願いを秘めた方が自由に集い、聖なる光を全身に浴びる事が出来るのです。
まもなく聖堂に到着します。
聖堂に入るのは初めてでいらっしゃいますか?
……
……?エリーナさん?
……
お顔を確認すると、無視をしているようではなく、必死に訴えかけるような目で私をご覧になっておいででした。
……何も、侍女になったからといって、ずっと無言でいる必要はないのですよ?
い、いえ、あの……
そう一度言い淀むと、拳を握り口を開きました。
先程の質問に、なんとお返事を返したらよいかわからなくて……。
かしこまりましたでもなければ恐れ入りますでもない……
目上の人からの質問にはどのように返事をしたら良いのでしょうかっ!
えっ……?
エリーナさんは痛く真剣に、予想の斜め上の質問を投げかけました。
どうやら私の思っていた以上に、エリーナさんは酷く真面目に侍女という任を考えていたようです。
あの……何かヒントを……
涙目で懇願するエリーナさんに、私は困ったように微笑みかけます。
あらまあ。『会話』に正解なんてございませんことよ?
え……
最初から、なんでも完璧にこなそうてしなくて良いのです。
貴女は貴女なのですから。他愛のない会話を交えつつ、少しずつ礼儀作法を学んでゆきましょう
かしこまりました……
わたくしは貴女の個性まで、礼儀という名の仮面で覆い隠すつもりはございません
その言葉を聞いたエリーナさんは、ほんの少し肩の力を緩め、小さく笑みをこぼしました。
シャッフル王女……
ふふ。
私の事は『殿下』とお呼びになって
かしこまりました!殿下!
よろしいですわ
こうして、いつもの様子を取り戻したエリーナさんと共に、聖堂の中へと入りました。
扉を開けると、光で満たされた美しい光景が広がります。
正面には我がリフルシャッフル侯領の守護獣であるグリフォンの石像が羽を広げ、その周りを光の精霊が飛び交います。
部屋の両側からはステンドグラスを抜けた七色の陽光が差し込んでおり、左右均等に並べられた長椅子のあちこちに光のかけらを落とします。
私たちは中央の一本通路を静かに進み、石像の前で歩みを止めました。
我がリフルシャッフル侯領を守護する聖獣グリフォン。
時折わたくしの夢の中に降り立っては、傍に寄り添い光を分け与えてくださる守護者です
美しい……ですね。
シャフル王女は……
いえ、殿下は毎朝、ここにきて祈りを捧げていらっしゃるのですか?
ええ。ですが我が父曰く、
『神よりも我が命と任を優先せよ。神に祈るのはその後だ』
とのこと。
ですから急ぎの任があるときは、この日課は心の中で行います
領主様らしいですね
ふふ。左様でございますね
一歩後ろにいるエリーナさんと顔を向き合わせ微笑み合った後、静かにグリフォンの方へ身体を直します。
胸の前で両手を組み、数分間、神への祈りを捧げました。
特に示し合わせるでもなく同じタイミングで目を開いた私たちは、ゆっくりと組んだ手を下ろし天を見上げます。
すると……
……神とは、一体何なのでしょうね……
エリーナさんが、静かに、誰に問いかけるでもなく呟きました。
誰しもが一度は浮かべる疑問を、エリーナさんは躊躇うことなく口にします。
その言葉を聞き、私もしばし思案し、神への想いを口にしました。
形のない、心の深層に宿る、光の種……
光の種?
ええ。生を受けたその瞬間から、人の心には光り輝く魔法の種が宿っています。
生まれ持ったその光に気付くために、魔がその光を消してしまわぬように、わたくしたちは心の光に問いかけます
……?なんと?
『わたくしはどうして、この世に生きているのでしょうか?』
私は自身に降り注ぐ七色の光を見つめながら、目を逸らさずに答えます。
生きる、意味……
静かに目を伏せ、闇に潜り、心の内に眠る光の色を認識できれば、種は少しずつ芽吹きます。
いつか光の種が花開いた時、人々は真に、幸せというものに手が届くようになるでしょう
……殿下は、私には見えないものを、沢山見ていらっしゃるのですね……
私は小さく振り向き、少し控えめに微笑みます。
わたくしにだって、見えていないものがまだまだ沢山ございます。
きっと生きている限りはずっと、あらゆる光に目が眩んでしまうのでしょう
想いは口に出さずに留めます。
出来る事なら私の持つ輝きで、エリーナさんの心の中に眠る光の種の在り処だけでも、差し示してあげられたなら……。
そんな僅かな願いを抱きつつ、二人で聖堂を後にしました。
◇
聖堂を後にした私たちは、ダイニングにて共に朝食を頂きます。
本来であればお父様や二人の侍女と共に食卓を囲むのが日課なのですが、少々思うところがありまして、エリーナさんと二人きりの食事を希望しました。
基本的に朝食は質素に、白いパンと葡萄ジュース、卵とベーコンが提供され、料理人の気分で様々なアレンジ料理が出されることもしばしばございます。
そして問題のエリーナさんはといいますと……。
これは……
お食事会へはお呼びできませんわ
本人は慎重に食事をしているつもりなのでしょうが、ナプキンを大きく広げひざ掛けのようにしてお使いになり、木製小皿のオリーブにパンをまるまる浸してはかぶりつき、フィンガーボウルに入った水を飲み干してしまった上、ナイフとフォークを激しい音を立ててお使いです。
流石に笑顔では繕いきれず顔を引きつらせてしまいまして、それに気づいたエリーナさんがお口を動かしながら声を掛けました。
……ん?……何か問題でも……?
え、エリーナさん、流石に目に余るテーブルマナーでしてよ
一体どのあたりが、どのように間違っているのか、詳しく教えて頂けませんか?
さ、左様でございますね……
もはや自分でもよくわからない感情が、湧いては消え、湧いては消えを繰り返します。
しかしこれは致し方のない事。そう自分に言い聞かせながら、怒りと呆れが入り混じった笑顔でテーブルマナーの初歩を指導し、事あるごとに声を掛けます。
エリーナさんは、指示された仕事は的確にこなせますが、指示できない知識的なマナーや行動が壊滅的に出来ないお方なのですね
食事のマナーに関しては平民の出であれば本当に致し方ない事です。異国で辺境の地であれば、ナイフとフォークのみならず食器すらないと聞き及んでいますから。手でお食事なさるのが基本。目の前の光景も本当の本当に致し方のないことでしょう。
ですが何から何まで逐一指示を出していたのでは、こちらの身がもちません。
背筋をしっかりお伸ばしになって
姿勢が乱れています。足は閉じてくださいませ
パンはちぎって、オリーブオイルにつける。
ああ、そんなに大きくちぎってはなりません。
一口サイズでいいのです
カトラリーを乱暴に扱いすぎですわ。
もう少し丁寧に、音をたてないようにお使いになって
私の細かい指示の嵐に、エリーナさんの様子が次第に変化していきます。
なかなか進まないお食事に、苛立ちを募らせているようでした。
最初は大人しく指示を聞いていたのですが、次第にいう事を聞かなくなっていき、ついには勝手にお食事を進めてしまいます。
その様子に流石の私も我慢の限界を迎え、つい語気を強めてあたってしまいました。
エリーナさん!
言う事をお聞きになって下さらないと困ります。
これではいつまで経っても、貴女を貴族のお食事の場に連れて行けませんわ
私の言葉にすぐさま反発し、エリーナさんが机をたたいて立ち上がりました。
私は貴族ではありません!!
これまで生きてきた中で一度たりとも、こんな食事をしたことがなかったのですから!
間違うのも、音が立ってしまうのも当然の事なんです!
こんな細かなテーブルマナー、すぐに習得できるわけないじゃないですか!
その態度に私も席を立ち言葉を返します。
出来ないことを威張られても困ります。
今貴女が身を置いている環境は貴族の世界。
今までどのように生きていらしたかは関係ございません。
過去を言い訳にせず自らを更新し、貴族の環境に適応なさい!
お互いにしばし睨み合います。
私はゆっくりと席に着き直しテーブルの端に置いてあった金色のベルをチリンと慣らしました。
少々お見苦しい所をお見せしてしまいました。
もう何も申しませんから、エリーナさんもお座りになってください
たいそう不服そうではございますが、エリーナさんも続いて席に着き直してくださいました。
それと同時にベルの音を聞いてやってきた一人の侍女がダイニングへ入室され、私とエリーナさんの足元に落ちているナプキンを見て自らの仕事を理解します。
華麗な動作でスッとナプキンを拾い上げ、丁寧に手渡して下さいました。
ありがとう
お、恐れ入ります‥‥‥
そのまま侍女は退出し扉の閉まる音を聞き届けます。
拾っていただいたナプキンを再度膝の上に掛け直し、私は静かに口を開きました。
誤解なきよう申しますと、詳しく教えてくれと指示を仰いだのはエリーナさんです
……それは、そうですが……
既にお分かりかと存じますが、指示を求めるという事は、指示を受ける方も、指示を出す方も、お互いに疲れ苛立つだけだということです
……そうですね
知識によって補えるものは、なるべくご自分で学ばれるのが賢明でございましょう
……はい
食事の後、お父様の書斎へ参りましょう。
わたくしが幼き頃使っていたマナーの本をお貸しいたします
かしこまりました
こうしてその後、特に目立った会話なく食事を終え、領主の書斎に向かったのでした。
◇
こちらを
ありがとうございます
書斎にて。
私は書斎の本棚、一番奥の方に眠っていた一冊の本を手渡しました。
この本にはテーブルマナーを始め様々なマナーが書き記されている他に、貴族として生まれた者への心構えなども載っています。
差し出された本を両手で受け取ったエリーナさんは、表紙の豪華な装丁に魅入っておられるようでした。
本日の侍女レッスンは以上にいたしましょう
え?……ですが、まだ……
良いのです。
少しずつ、身につけて参りましょう
……かしこまりました
エリーナさんは少しだけ申し訳なさそうな顔をなさいまして、微かに肩を落とされました。
本人のやる気とは裏腹に、頭と体が追い付いていないご様子でしたから致し方のないことだと存じます。
ですが明らかに沈んだ様子のエリーナさんをこのまま書斎から追い出すのも少々気が引けましたので、少しだけ会話のチャンスを与えます。
最後に、何か質問などはございまして?
しばしの間思案した後、エリーナさんは口を開きました。
明日の予定を、お聞かせ願えますか?
過去の事柄ではなく明日の予定を問われ、心なしか気持ちが軽くなります。
本人は無意識なのでしょうが、やはりやる気はあるようです。
明日も本日と同じよう、早朝6時にわたくしの部屋へおいでなさい。
その後聖堂へ行き祈りを捧げ、ダイニングで朝食を頂きましょう。
ただし、明日はわたくしの食事の様子を傍でご覧になって頂きます
見る、だけですか?
左様でございます。
わたくしの振舞いをご覧になり、自分の行動と比較し、本日侍女が行ったような補佐をして頂きたく存じます
かしこまりました
私は、戸棚の中にしまってあった一つのベルをチリンと鳴らして聞かせました。
この音は、エリーナさんの音色です。
わたくしから離れている際にこの音色が聞こえましたら、お呼びなのだと察し傍においで下さいませ
かしこまりました
エリーナさんは自然と顔を引き締め、ベルに視線を集中しています。
数秒後、追加でエリーナさんから質問が入りました。
あの、殿下。
殿下はこの後、いかがお過ごしになるのでしょうか?
確かに、時間はまだ9時を過ぎたばかりです。
エリーナさんが気になるのも当然のことと存じます。
たった3時間ほどしか経っていないのですが、もう一日分の力を使い切った気がしてなりません。
明日改めて伝える予定でございましたが、私の一日の内容を説明いたします。
ダイニングで食事をとった後は、常に書斎にて公務を行ってございます。
兼ねてより、仕事は午前中で全て終わらせるようにとの教えですから。
午前中は侍女もまた、自身の仕事に精を出します
侍女の自身の仕事とは?
以前も申しましたが、お父様は必要最低限の人しかお雇いになりません。
よって当家に仕える侍女の二人は、メイドの仕事もしてございます。
一人はトゥイニーメイドとして料理人の補佐や水回りの管理、各所の掃除等もしていただいており、もう一人はオールワークメイドとして、城内の鍵の管理や宝飾品の管理、整理整頓や雑用をしていただいております
そうだったのですか
ただ雇うと申しましても、お父様は給金をお与えになってはおりません。
侍女への対価は高い身分と衣食住の提供です。
午後は自由時間としていますから、侍女達はアトリエにてお洋服を作り、それを売ることで自らのお小遣いを稼いでいるのでございます
それほどまでに働いて、給金が出ないとは……
あら?
お二人とも楽しそうに務めを果たしておいでですのよ?
それなら、良いのですが……
小さな城ですので、このお二人の管理で十分間に合ってはいるのですが、エリーナさんが侍女としてしっかりと成長くだされば、先輩侍女のお二人の負担は大幅に軽減されることでしょう
私はにっこりと微笑みエリーナさんに期待を送ります。
エリーナさんは一瞬聞こえていないそぶりを見せつつも、小さくかしこまりましたと返事をし更に疑問を口にしました。
恐らく、職業柄の取り調べスイッチならぬ、疑問スイッチが入ってしまわれたのでしょう。
あの、先程殿下は、午前中は公務を行うと仰いました。
前々から気になっていたのですが、それは本来領主様のやるべき仕事なのではないですか?
左様でございますね……。
仰る通り、私が行っている公務は全て領主であるお父様がやるべき仕事でございます
なぜ、殿下がそれをしていらっしゃるのですか?
エリーナさんがまたしても、純粋な疑問を投げかけます。
確かに、他者から見ればおかしなことでしょう。
私はこの機会にと、エリーナさんにこの地の現状をお伝えすることといたしました。
リフルシャッフル侯国……
これが都市国家である我が地の本来の呼び名です。
しかし国家元首であり領主であるお父様はご存知の通り、放浪癖が激しく殆ど城におられません。
その為やむを得ず代理で公務をこなし続けていたのですが、いつしか『国家元首代理』としてわたくしの名が知れ渡ってしまったのです
国家元首代理……
もしやそれは、殿下の本意ではないのでしょうか?
そのようなことはございません。
お父様は口々に、自分に国家元首は務まらないと愚痴をこぼしておいででした。
それ故いつかわたくしがお父様の代わりになるだろうと決意は固めておりましたが、一年程前より、急に……
一年前の事を思い出そうと記憶を巡っていその最中、何故か脳内に白い霧がかかります。
これは……一体……?
そんな私の不安などお構いなしに、エリーナさんの質問攻めが続きます。
そういえば殿下。
午後はいつも何をしていらっしゃるのですか?
私はすぐに白い霧について考えるのをやめ、エリーナさんの質問に答えます。
午後はチェンバロを弾いたり、シャルロットと共にジョスト場へ赴いたり……
最近では、兵に稽古をつけてございますね。
城にいる事が多いように感じますが、週に3度は街へ出掛けて領内の視察を行っています
週に3度も……
なるほど、理解しました。
それ故領民は殿下に対してああも馴れ馴れしいのですね
馴れ馴れしいなど人聞きの悪いこと。
幼き頃、街へはよく侍女らと共に遊びに行っておりました故、皆わたくしを自らの子のようにひいきにして可愛がって下さったのです
一国の王女が、そんなに気安く出歩いても良いものなのですか?
王女といいましても、お父様は単なる名誉貴族であり、その小さな領地の、小さな城の、とある領主の娘というだけですから。
それにこんなに皆平和で過ごしておられますのに、危険な事なんてそうそうございませんわ
……
しかし最近は、お父様への不満の声を多く聞いてしまいます。
この声を娘であるわたくしがしっかり受け止めて差し上げなければ、小さな領地故簡単に荒れ果ててしまうでしょう。
ですからわたくしは皆の声を聞くために、頻繁に街へと繰り出すのです
エリーナさんは納得したかのように小さく頷き、なるほどと顎に右手を触れさせました。
ご質問は以上でよろしいかしら?
あ、はい。ありがとうございました
エリーナさんは軽く礼をして感謝を口にし、私は微笑みで退出を促しました。
件の罪人や領民の皆様にもこのような質問攻めで接していたかと思うと、なんだか少し愉快に思えます。
エリーナさんは大切そうに両手で本を抱えたまま、静かに書斎を後にしました。
ディアヒストリー16 終