ディアヒストリー13

翌朝。
お父様に呼び出された私は、急ぎ書斎へと向かいました
恐らく要件は、昨日のアダム伯爵への非礼の件。
私が真剣な面持ちで書斎の中へと歩みを進めると、手早く上着を羽織り外出の用意を整えている領主の姿が目に飛び込みます。

シャッフル王女
シャッフル王女

お父様。お出掛けなさいますの?

領主
領主

ああ。アダム伯爵の元へ昨日の非礼の詫びを入れてくる。

全く。やれやれ。アダム伯爵に売れるだけの恩を売り、貰った情報で豪遊貴族らから金をむしり取る計画が台無しだ

鏡の前でタイと身だしなみを整えつつ、苛立ちをそのまま私に伝えます。

シャッフル王女
シャッフル王女

そのようなことをお考えだったのですか

領主
領主

貴下も知っておるだろうが、私は民から富を巻き上げ豪遊している成金貴族やら豪商の類が大嫌いなのだよ。

アダム伯爵はかつての大公爵。今は伯爵であらせられるが、その人脈は計り知れない

シャッフル王女
シャッフル王女

大公爵であらせられたのですか!?

領主
領主

左様。アダム伯爵は私の意志を知ってか知らずか、良い縁と、少額だが資金面での援助をして下さっている。

それなのにエリーナめとんだ無礼を

シャッフル王女
シャッフル王女

エリーナさんも存じ上げなかったことなのでしょうから、きっと悪意はございませんでしょう

領主
領主

悪意がない。それこそ問題だ。

エリーナに礼節がないことを知っていた故舞踏会には出席させなかったのだが、なんと間の悪いこと……

お父様は出立の準備を終え、私に改めて向き直りました。

領主
領主

ディア。貴下に一つの命を下す。

私が戻るまでに、エリーナに最低限の礼儀作法を教え込むのだ

私はこれまで生きてきた中で一番難題であろう命を受け、額に汗をにじませながらも表情を引き締め答えます。

シャッフル王女
シャッフル王女

まあ……それは、責任重大でございます

領主
領主

頼んだぞ

お父様の念を受け、扉の方へと動き出した背中を見送ります。
しかし最後に、どうしてもお伺いしたかった事を思い出し呼び止めてしまいました。

シャッフル王女
シャッフル王女

お父様……。

一つお伺いしたいのですけど

領主
領主

ん?なんだね

お父様は振り向き短く答えます。

シャッフル王女
シャッフル王女

エリーナさんは、5年前にお父様が迎え入れたお方です。

行き倒れていた他国の平民だとはお伺いしておりますが、それにしては性格がどこか特殊だと感じてなりません。

何かご存知なのでは?

その言葉を聞くと、お父様は私から視線を外し半身になり、無表情のまま教えて下さいました。

領主
領主

あの娘がかつて所属していたギルドが特殊でな。そこそこ、いい身分の役職に就いていたらしい。

よって人に命令することは一人前だが、目上の者への配慮と礼儀を知らんようだ

言い終わるとすぐにドアノブに手をかけ、パタンと姿を消してしまいました。







お父様を見送り、聖堂にて神への祈りを捧げ、ダイニングルームで朝食を頂いた後決心を固めました。本日只今より、エリーナさん大改造計画をスタート致します。
書斎についた私は侍女に、エリーナさんを連れてくるよう指示を出し、時が来るまで静かに待機します。
そう、私よりある命を伝える為です。
デジャブでしょうか。同じような感覚を少し前に味わったような気がしますが、今回は覚悟が違います。

シャッフル王女
シャッフル王女

必ずエリーナさんを、素敵なレディへと導きます

待つこと数十分後。ようやくエリーナさんが書斎の扉をノックしました。

エリーナ
エリーナ

シャッフル王女。エリーナです

シャッフル王女
シャッフル王女

お入りになって

エリーナさんはいつもと変わらぬ様子で、席に着く私の前に直立します。
対して私もいつもと変わらぬ面持ちで、エリーナさんに語り掛けました。

シャッフル王女
シャッフル王女

昨日の舞踏会。いかがでしたか?

エリーナ
エリーナ

いかがでしたかと聞かれましても、私はそもそも舞踏会には参加していませんし、見知らぬものが頻繁に城に出入りする為気を休める暇がありませんでした

シャッフル王女
シャッフル王女

左様でございますか。

確かに、エリーナさんにとっては皆初めてお会いする方達ばかりでしたでしょうね

エリーナ
エリーナ

はい

シャッフル王女
シャッフル王女

ですが私やお父様にとっては皆大切なお客様でした。

昨日のアダム卿の事は覚えていらっしゃいますか?

エリーナ
エリーナ

はい

シャッフル王女
シャッフル王女

エリーナさんが立ち去られた後、すぐにお帰りになられました

エリーナ
エリーナ

……?何故?

シャッフル王女
シャッフル王女

エリーナさんの態度に、大変ご立腹のご様子でした

エリーナ
エリーナ

は……えっ?私の、態度?

シャッフル王女
シャッフル王女

何か心当たりはございませんこと?

エリーナ
エリーナ

……全く

シャッフル王女
シャッフル王女

やはり、無自覚ほど怖いものはございません……

キョトンとした表情のエリーナさんを前に、なんとも言えぬ脱力感を覚えます。
そんな私の様子に流石のエリーナさんも違和感を感じたのか、微妙な空気の中次第に焦り、ついに弁解を述べ始めました。

エリーナ
エリーナ

そ、そもそも!

あのアダム卿とは何者なのですか!?

いきなり私を呼び止め手を引き、領主様と合わせて訳の分からないことを!

シャッフル王女
シャッフル王女

アダム卿は、当家に対し甚大なるご支援を下さっている伯爵様。かつては大公爵でいらっしゃった方です

エリーナ
エリーナ

そんなこと……私は知りません

シャッフル王女
シャッフル王女

知らなければ何をしてもいいというものではございませんでしょう?

エリーナ
エリーナ

……

シャッフル王女
シャッフル王女

城へと至る折、兵を束ねるエリーナさんの様子をご覧になり、兵長と例え賞賛して下さっていたのです。

大変光栄なことです

エリーナ
エリーナ

そういう事だったのですか……

シャッフル王女
シャッフル王女

何者かと正体を求める前に、場の空気を読むことも必要でしてよ?

エリーナ
エリーナ

空気……ですか……

シャッフル王女
シャッフル王女

左様でございます。

領主とわたくしが敬っているのには何か理由があると、それぞれの立場と自らの立場を考慮し礼節を尽くすのもまたマナーです。

疑うのは、その後でよろしいでしょう

事情を把握なさったエリーナさんは次第に小さくなり、昨日の自身の行動を思い返しているようでした。
ですが、そんな消沈した空気も束の間のこと。すぐに深堀りが始まりました。

エリーナ
エリーナ

しかし疑問が残ります。

アダム卿は私を『はっきりとした審問官殿だ。さぞ手厚い教育を受けてきたのであろう』とお褒め下さっていたのに、一体どの段階でお怒りになったのですか?

エリーナさんは訳が分からないという困ったお顔で、私に答えを求めます。
常識として捉えていた貴族の知恵や生き残りの術が全く通用しない人がいることに僅かに衝撃を受けつつも、育つ環境が違ったのだから当然のことと受け入れます。
今後乗り越えなくてはいけない壁になるでしょうから、私は丁寧に解説します。

シャッフル王女
シャッフル王女

それは誉め言葉でなくて嫌味です。

翻訳しますと『無礼な審問官殿だ。一体どういう教育を受けてきたのだろうな』

エリーナ
エリーナ

い、意味が全く真逆ではないですか!?

何故そんな回りくどい言い方を!?

その場で無礼だと言えばいいではないですか!!

エリーナさんは驚き僅かに赤面しながら叫びます。

シャッフル王女
シャッフル王女

貴族たるもの相手の意見をはっきりと否定したり、断ったり、罵ったりは致しません。

それが貴族のルールです

エリーナ
エリーナ

意味が分かりません。それでは会話にならないではないですか

シャッフル王女
シャッフル王女

表の会話ではなく、裏の会話をするのが貴族です。

もともとは、相手の面子を潰すことなく、後の交流も変わりなく続けられるようにと『心配り』をした結果に生まれた文化でございますから

エリーナ
エリーナ

なんと……面倒な……

シャッフル王女
シャッフル王女

そもそも初対面であるにもかかわらず、相手の政治方針をいきなり否定したのではお怒りになるもの当然でございましょう

エリーナ
エリーナ

……否定したつもりは、なかったのですが……

シャッフル王女
シャッフル王女

無益な争いは避けるのが常。

言葉をヴェールで包むことなく放ち、戦争にでもなったら大変でございます。

答えを曖昧にするのもマナー。本意を察して差し上げるのもマナーであり、心遣いでもあるのです

エリーナ
エリーナ

……

エリーナさんは難しい顔をしながら黙り込みます。
追い詰めるつもりはございませんが、今後の事を考え全てを伝えます。

シャッフル王女
シャッフル王女

アダム卿はわたくしに『大そう自信おありの審問官殿だ』とも仰いました。

これは領主やわたくしを差し置いて、エリーナさんがとても威張っているように見えたということ。

何とかしなくてはなりません

それを聞くと焦り気味に一歩私に詰め寄り、真剣な顔で仰いました。

エリーナ
エリーナ

謝罪に行って参ります。何とか誤解を解かねばりません

今にも書斎から飛び出していってしまいそうな程、その目は決意で満ちていました。
私はその言葉と決意に優しく微笑み返します。

シャッフル王女
シャッフル王女

ご心配には及びません。

只今我が領主が、アダム卿の屋敷に向かわれております故

エリーナ
エリーナ

私に、贖罪の機会すら与えてはくれないのですか

悔しそうに拳を握る姿を前に、私は立ち上がり宣言します。

シャッフル王女
シャッフル王女

贖罪なら出来ます。

本日よりエリーナさんを、わたくしの専属侍女に任命いたします

エリーナ
エリーナ

……はい?

覇気を込め宣言した私とは対照的に、首を傾げ気弱な返事が返ってきます。
その苦いお顔の裏ではきっと、『この人は何を言っているんだ』と思っているに違いありません。

シャッフル王女
シャッフル王女

罪を償いたいのであれば、謝罪の言葉ではなく自らの行動でお示しになるのが最善でございましょう。

よってこれからはわたくしの傍に付き、身の回りの世話や礼儀作法を学んで頂きます

エリーナ
エリーナ

そんな急に!無理です!

そもそも私には兵を導くという重大な任務と異端審問官としての重要な仕事があるのですから!

シャッフル王女
シャッフル王女

ええ、存じ上げておりますこと。

エリーナさんの献身的な導きのおかげで、兵たちはもう十分自身の役割を理解しているご様子です。

それに、この平穏な地に於いてそうそう異端など現れません。

ご安心なさいますよう

エリーナ
エリーナ

ですが……!

予想通り、何かと理由を付けて私の命を拒んでいます。
素直に命を聞いて下さらないこと承知の上。しかしながら、反発は自信のなさからくるものでもございましょうから、その心情を察し、少しばかりの猶予期間を与えることといたしました。

シャッフル王女
シャッフル王女

お気持ちはお察しします。

仰る通り、急に任を離れるのは皆の混乱に繋がりましょう。

本格的な侍女の任は明後日より行っていただきますから、今日と明日は身の回りを整える日としてお過ごしになって

しばらく口ごもった後、エリーナさんは不服そうに答えます。

エリーナ
エリーナ

……わかりました

シャッフル王女
シャッフル王女

お返事は常に『かしこまりました』と

エリーナ
エリーナ

……かしこまりました

シャッフル王女
シャッフル王女

では明後日の早朝、6時に私の部屋へいらっしゃい。

……これを

私はエリーナさんに、引き出しにしまってありました鍵巻き式のゼンマイ懐中時計を手渡します。

シャッフル王女
シャッフル王女

時計はお持ちでないでしょう?

差し上げます

エリーナ
エリーナ

え‥‥‥っ。

こんな高価なもの。頂くわけには

シャッフル王女
シャッフル王女

良いのです。

これからわたくしの侍女として傍について頂くのですから。

日の光や鳥の囀りだけでは、時を知るのに些か不便でございましょう。

お使いになって

エリーナ
エリーナ

あ、ありがとうございます……

両の掌に優しく懐中時計を包み込み、まじまじと秒針を見つめ固まります。
表情こそ変わりませんが、大きく見開いたその目には確かに、感動の煌めきが映ってございました。
その後、書斎を後にしたエリーナさんの背中を見送りつつ、明日の予定を組み立てます。
城にいる2人の侍女にも事のあらましをお伝えしておかねばなりませんし、私もエリーナさん同様、本日は身の回りの整理の日として過ごしました。




ディアヒストリー13 終了