シャッフル王女より牢屋番を命じられた私は、今まで囚人たちの世話にあたっていた兵から引継ぎを受け記録を受け取る。
自らの罪を恥じ大人しく捕まっているかと思えば、兵を脅し釈放を懇願し暴れまわっているという。
心からの懺悔あらば解放してやろうと思っていたが、この様子では無理だな
酷く分厚くなった囚人記録をパラパラとめくりながら、牢へと続く石階段を下りる。
円柱の塔に沿っておよそ2週分の螺旋階段。最下の牢が近づくにつれ、次第に暗闇の色が濃くなっていく。
しかしながら、仄かに光る蒼い魔法石が階段の端の方に幾つか置かれ、心許ないが決して闇色に呑まれることはない。
カツカツと反響する自身の靴音と、鍵の擦れる哀しい音。その中に私は想いを混ぜる。
なぜ人は、法を破るのだろうか。
この地の法は、私の命の恩人である領主ディオール様と、その大切な娘であるシャッフル王女が民の為を想い制定したものだ。
ここまで平和への道を明文化した書物は他に無いと思う。
この法を守れば、争いのない静かで平和な未来が約束されているというのに、なぜ人は罪を犯すのだろうか
わからない。
そうして考えを巡らせているうちに、重い石扉の前へ着いた。
ゆっくりと引き一歩牢へ踏み込んだその時だった。
なんだ……これは……
目に飛び込んできたのは、想像していたものより酷い光景だった。
漂う悪臭の中に、狭い鉄格子の牢が20室。その一室におよそ10名ほどの人間が押し込まれて、あらゆる格子の隙間からボロボロの手や足がはみ出している。
その内うな垂れ沈黙していた囚人たちが顔を上げ、私に向けて罵声を浴びせかけた。
てめぇ…
よくも俺たちをこんなところに放り込みやがったなあ!
早く出さねぇとただじゃおかねぇぞ!
悪法の番人エリーナよ。お前こそ悪魔の遣い……
何を言うか!!
悪法などと、我が領の法律を侮辱することは許さない!
俺は感謝してますぜエリーナさんよぉ。ここは飯だけは旨いからなぁ。
おっと、あんたじゃなくて、慈悲深ーい王女様のおかげかぁ!
そーだよなぁ。
外に出たら、1週間飯にありつけないなんてザラだかんなぁ
金がないなら働けばよいではないか!
それを怠り金銭尽きたのは自己責任だ!
自己責任だとぉおお?
いい加減にしやがれぇええ!
一斉に罵声が怒号に変わる。
牢を揺さぶり掻き鳴らし、耐えられないほどの声量が牢の中に反響する。
私に向けられる憎しみの目が次第に魔力を帯び始め、じりじりと身体を後退させる。
この場から逃げ出そうと力を込めたその時、牢の奥の方にいた若い少女が、透き通った声で懇願した。
お願い…これ以上自由を奪わないで!!
この言葉に、私の思考が酷く乱れた。
―――――かつての記憶がよみがえる。
記憶の闇が晴れた瞬間、脳裏に燃え盛る森と村、そしてボロボロになってへたり込む一人の少女がフラッシュバックする。
白いワンピースを纏った、四肢の細い、蒼白の少女……。
リフルシャッフル侯領に来る前、私がまだとあるギルドに所属していた時の、思い出したくない、忘れた記憶……。
そうだ、同じ言葉を耳にしたことがある。
『貴女の目の前に広がるこの光景のどこに、正義と平和があるというの!?』
涙を流しながら私に縋り付く少女を、ギルド仲間の大男達が引き剥がして連れて行く。
一人取り残された私の意識は、いつの間にか牢の自分へと戻っていた。
私は……私は、そんなつもりでは……、ない
かつて見た少女と目の前の少女に、否定の言葉を絞り出す。
が、私の想いは無残にも罵詈雑言の海に沈み、誰一人の耳にも届かなかった。
たまらず石扉を閉め耳を塞ぐ。石扉を背に膝を抱え、自分が生み出した現実の重さに必死になって抗った。
違う、違う!奪ってなんか、いない…。
私は……私は……!!
私は一体…何をしているんだ……
ディアヒストリー6 終