その後。
50名の囚人の皆様は一人残らず兵へと志願し、無事身分証を取得なさいました。
皆がオイゼと呼ぶ大男を筆頭に廃屋を修理し、立派な寄宿舎が完成。
エリーナさんを訪ね来るアンナという女性が作物の種を分けて下さり、かつて農民だった者が懸命に畑を作っておられます。
そしてヨハンという少年は街へ出て、スリや万引きを行おうとする者を捕らえては反則金を徴収し、しっかりと領へと収めて下さっています。
要のエリーナさんはといいますと、足りない物資や必要最低限の食料調達に、自らの貯金を切り崩しながら奔走し、元囚人であった兵の皆様を支えておいででございます。
私の役目はもっぱら、兵士としての心構えの教授や、西洋剣術、ランスの指導でございます。幼き頃より学んだことをこうしてお伝え出来る事、大変幸甚に存じます。
最後に、一切金は出さないと仰っておられたお父様ですが、「最低限の予算だ」と言って、私に金貨と物資の入った箱を一つお与えになりました。
皆様、とてもいきいきとしていらっしゃいます。
どうかこの時間が永遠に続きますように
ちげーよ馬鹿!そっちじゃなくてこっちだ!!
は、はい!!
あらまあ
蒔割りの手伝い中でしょうか?
オイゼに怒鳴られているエリーナさんを微笑ましく眺めた後、ふとあの牢に足を運びました。
◇
ひんやりと肌にまとわりつく冷気。
石扉の内側に入り、当時の様子を振り返ります。
あんなにも賑やかでしたこの場所も、すっかり元通りでございますね……
怒号が飛びかい反響していたのがつい数日前のように感じられます。
今この牢には、エリーナさんが捕らえた2名の罪人が収容されているのみで、空っぽになった鉄格子には不気味な静寂が閉じ込められています。
異様な静けさ。昼も夜も不確かな牢の中、どうやら罪人は眠っているようです。
夢の中だけでも自由にして差し上げたいと思い、私は静かに退出しようとしたのですが、ふと気になるものを見つけてしまいました。
あら?あれはなんでしょう?
左右に10室ずつ続く鉄格子の牢の奥。私が今立っている、一本通路の突き当り。
今まで気づきませんでしたが、もう一つ石扉があるようです。
不思議に思い、極力足音を響かせぬようゆっくりとその石扉に近づきます。
こんな奥に、まだ部屋なんてございましたでしょうか?
静かに手をかけ、力を込めて手前に引きます。
石と石が擦れる音を聞きながら、私は暗闇に目を凝らしました。
暗くて良く見えません……
一歩中に入り、数秒目を閉じ暗闇に慣らします。
再度目を開け最初に映ったのは、やけに広い一つの鉄格子と、その中にある、あまりにも牢には似つかわしくない、美しい装飾が施された天蓋付きのベットでした。
これは、一体?
その瞬間。
うっ……!!
突然激しい頭痛が私を襲います。
そして痛みをこらえ平静を取り戻すと、なんとそのベットの傍に、薄絹のホワイトドレスを身に纏った一人の女性が現れました。
あ、あなたは……どなた?
女性はベットに凭れ掛かり顔を伏せたまま答えません。
しかし少し遅れて、金色の長い髪がさらさらと動き、ゆっくりですがわずかに顔を上げこちらを向いて下さいました。
そして……。
……ディア?
その女性が、突然私の名を呼びました。
すると、まるでカーテンの隙間から差し込む優しい朝日のような、柔らかな懐かしさが胸にこみ上げます。
お、かあ、さま……?
ディア。……ディア……
お母様?お母様、なのですか?
ですが私の思考は、思いもよらぬ混乱を始めます。
お母様とは、誰?お母様は、どこにいらっしゃるの?私のお母様は、違う、違いますわ!
ディア!
突然大きく名を呼ばれとっさに思考を遮ります。
その時。
汚らわしい娘!!消えておしまいなさい!!
っ!!!
その瞬間一気に視界が暗闇にのまれ、我に返った時にはもう目の前の女性は消えていました。
歪んだ形相。殺意の眼差し……。
私は身体を震わせ、暗闇の果てを見つめます。
自分で自分の身体を抱きしめ、必死に恐怖を抑え込みます。
今のは、一体、何だったのでしょう……?
全て、私は存じ上げないこと……。
そういえば、私のお母様は……どこに……?
『汚らわしい娘!!消えておしまいなさい!!』
いやっ……!!
思い出す、思い出せない、思い出したくありません。
これは何かの夢であると自分に言い聞かせ、急いで牢を後にしました。
ディアヒストリー11 終