ディアヒストリー23

1618年。
金色の美しい髪が冷たい風を受けサラサラと揺れる。
日々課される厳しい淑女のお稽古事を終えた若き18歳のシャッフル王女は、いつもの場所へと向かって歩き出した。
城の外。少し殺風景な色の無い一画。訪れたのは牢獄塔だった。
白い石造りの円柱の塔。地下には罪人を投獄する鉄格子の部屋があり、頂上には城をぐるりと見まわせる見張り場がある。
しかしながらここ数十年、罪人が投獄されたという記録はない。
平和が続くこの地に於いて、この塔は本来の役目を見失っていた。
土肌が目立つ地面に綺麗に足を揃えて佇み、見張り場の様子を静かに伺う。
見上げた先には同じ光景。変わらぬその様子に、困ったように目を閉じた。
この場所へ来た理由はただ一つ。
そこの見張り場で気怠そうに空を眺める、一人の女性に会う為だった。
その女性の名はエリーナ・ウォールナ。23歳。
2年前、放浪の旅から帰ってきた父が『拾ってきた』ボロボロの女性で、城で暮らすも頑なに誰とも関わろうとせず、ただひたすら牢獄塔の上で空を眺めるだけの日々を送っている。
金のボタン。腰元にあしらわれた控えめなフリル。軍服風のブラウンのコートを身に纏ったエリーナは、見張り場の縁に頬杖をつき遠い街並みをぼーっと眺め、相も変わらず孤独を貫いていた。
そんなエリーナの下に足繁く通うシャッフル王女は、今日もまた諦めずに声をかけるのだった。

シャッフル王女
シャッフル王女

エリーナさーん。
お茶をご一緒しませんこと?

明るく透き通った声を聞いたエリーナは、いつものように無視を決め込む。

エリーナ
エリーナ

また来たのか。領主の娘……

シャッフル王女
シャッフル王女

エリーナさーん。本日は冷えるそうですのー。
降りていらして―

エリーナ
エリーナ

ああもう……煩い

苛立ちを必死に抑え込み、その内いなくなるだろうと無視を続けるエリーナだったが、次第に視線までもが鬱陶しくなり身を屈め塔内に姿を隠した。
膝を抱えて顔を埋め、息を潜めること数分間。
それ以降シャッフル王女の呼びかけは無くなり、再び訪れた平穏な世界に顔を上げそっと安堵する。
しかしその安堵とはほんの一瞬で、同時にとてつもない虚無感に襲われた。
自らの行動とその心理の意味を見いだせず、溜息をつきながら天を仰ぐ。

エリーナ
エリーナ

私は一体、ここで何をしているのだ……

おもむろに立ち上がり、再度頬杖をつき外を眺めた、すると。

エリーナ
エリーナ

ん?……あれは……何だ?

城へと至る一本道の真ん中で、倒れ込んでいる何かを見つけた。
目を凝らしてよく見るとそれは人のようだったが、見慣れぬ衣服を身に纏い頭の側には枯草で編まれたような大きな帽子が落ちていた。

エリーナ
エリーナ

どうするべきか……
様子を見に行った方がよいのだろうか……

数分考え迷いながらも、地上へと続く螺旋階段をゆっくり下る意志を固める。
カツカツと石階段を下り終わるとそのまま門を出て道を歩き、恐る恐るその『誰か』に向かって歩みを進めた。が、目の前に着いた後もしばらくはその『誰か』を観察し、発見後数十分が経過した頃ようやく決心がつき身を屈めた。

エリーナ
エリーナ

あの……大丈夫ですか?

その問いかけを待ってましたとばかりに、目の前の人はもぞもぞと動きだし声を発する。

???
???

水をおくれ……
しばらく何も食べておらず、今にも干乾びて死んでしまいそうなのじゃ……
水をおくれ……水を……水を……

その声は紛れもなく女性のものだった。
今にも息絶えてしまいそうなほど弱々しいその様子に、流石のエリーナも焦り応える。

エリーナ
エリーナ

わ、わかりました。水ですね。
少し待っていてください

???
???

あ、出来れば饅頭や団子なんかもあると嬉しいのじゃが……

エリーナ
エリーナ

マンジュ―?ダンゴ?

???
???

ゲホッゲホッ……何でもない。
水を……水をおくれ~

物凄い違和感を感じつつもエリーナはすぐに城に戻り、向かって右奥にある馬屋へと足を急いだ。
水の魔法は使えるが、流石に生身の状態で喉の乾きを潤せる量は操れない。
馬屋に着くと適当な木皿を拝借し水を汲み、その女の下へ駆け戻った。

エリーナ
エリーナ

水です。どうぞ

???
???

ああ……ありがたや……ありがたや……

ゆっくりと身体を起こしたその女性は、エリーナから水の入った木皿を受け取るとごくごくと喉を鳴らし飲み干した。

???
???

あぁ……五臓六腑に染み渡る……貴女は命の恩人じゃ

そういって女性は立ち上がり、空になった木皿をエリーナに手渡す。
そして落ちていた枯草の帽子を拾い被り直すと、帽子の周りに貼られた薄い白布がはらりと垂れ下がり顔全体を覆ってしまった。
改めて目の前の女性の装いを確認したエリーナは目を丸くし、思わず感想を口にする。

エリーナ
エリーナ

綺麗な服ですね。形も変わってる‥‥‥
これまでに見たことがない服だ

???
???

おほほ。これは着物というのじゃ。
綺麗じゃろ?

そう言って女性は垂れ下がった袖をひらひらと動かした。
淡いピンク色の生地。花びらが5枚付いた小さな花。
衣類の端々に描かれたその可愛らしい花々は金色のラインに縁どられ、太陽の光を受けては輝き、エリーナの視線を独占する。

エリーナ
エリーナ

はい。とても。
その帽子も変わっていますね

???
???

これは市女笠。
雨や日、虫からわらわを守ってくれるのじゃ

スッとした姿勢で直立するその女性をぼーっと眺めるエリーナだったが、笠の周りの布のせいで、女性の顔はもうはっきりとは確認できなくなっていた。

???
???

そうそう、先程あの城へと水を汲みにいかれましたが、そなたはあの城の住人かえ?

エリーナ
エリーナ

え?……ええ、まあ……

城の住人という言葉に現実味がなく、気まずそうに目線を逸らした。
既に二年は暮らした場所だが、全く意識していなかったからだ。
自分は城に住んでいるのかと改めて驚き、戸惑いながらも肯定した。

???
???

わらわはこの国に来るのが初めてゆえ、よければ色々と教えて欲しいのじゃ

エリーナ
エリーナ

はい。私で分かる事でしたら……

???
???

おお、感謝いたすぞ命の恩人よ。
では一つ……。
あの城に住むのは、もしやこの地の領主かえ?

女性は市女笠の縁を少し持ち上げ、城を見上げるように上を向いた。
エリーナも女性の見る景色を確認するように城を振り向き、身体を戻して返事を返す。

エリーナ
エリーナ

はい

???
???

ふむふむ。そなたと領主の二人暮らしか?

エリーナ
エリーナ

いえ。城には領主様と王妃、そしてその娘。他にも使用人が何人か暮らしています

???
???

ほうほう。この地は大変平和な地と聞くのじゃが、頼れる兵はおるのかえ?

エリーナ
エリーナ

はい。確か100名程。
しかし城には住んではおりません。
何かあった時だけ召集されるようです

???
???

おほほ。そうかえそうかえ。それは安心じゃ

エリーナ
エリーナ

エリーナは問われるがままに返事をする。
その様子に女性は機嫌よく笑うと、何の前触れもなく城の反対方向へと踵を返した。
突然の会話終了にエリーナは驚き、立ち去ろうとする背中へ咄嗟に声をかけ引き止める。

エリーナ
エリーナ

待ってください。
どちらに向かわれるのですか

静かに足を止めた女性は軽く振り向き、その場に数秒留まった。
林の木の葉が音を立て、風が市女笠の白布を揺らす。
薄紅を塗った口元がチラリと覗いたその瞬間に、女性は行き先を口にした。

???
???

東へ

無論、その表情を見ることは叶わない。
そのまま向きを戻し去っていく女性を、再度引き止めることはできなかった。
カランコロンと音のなる靴。形容し難い不思議な空気。未知の人物への興味を拭いきれず、その場にしばらく立ち尽くす。

エリーナ
エリーナ

キモノ……か。
とても美しい布だったな。
一体、どこの国の者だったのだろうか。
……もっと話をしてみたかった……

道の果てにその女性が見えなくなると、エリーナも静かに城に戻った。







倭国。
国民は皆平等であり、喜びを皆で分かち合い悲しみを皆で共有する。
帝という神に守られ、生涯の平穏を約束された安息の地。
国民は安息の対価として「年貢」を送り、帝と自然を崇め奉る。
周りを海に囲まれた島国故に諸外国からの侵略を受けにくく、長きに渡り独自の文化を育んでいた。

国民の情報源は帝の使いである各地の将軍の言と、旅の僧侶や行商人からの口伝のみ。
人々の噂話こそがこの国の全てであり、帝の意志として広く周知していた。

そんな国のとある城内。
菜種油に火を灯した薄暗い部屋の中で、二人の男と一人の女がこそこそと密会を開いていた。

男

松華(しょうか)、大義であった

松華
松華

ほほ。お安い御用じゃ。ヨシノリ様

ヨシノリ
ヨシノリ

して重大なる報とは如何に?

松華
松華

ほほ。目を閉じなされ

桜が描かれた美しい着物を纏ったこの松華という女は、持っていた扇子をバッと開き、口元を隠して何かを唱えた。
深く濃い紫色の直垂(ひたたれ)を纏いあぐらをかき、立烏帽子(たちえぼし)を頭にのせたヨシノリという男は、目を閉じたままゆっくりと数回頷き、満足そうにほくそ笑んだ。

松華
松華

という具合じゃ。良いじゃろう

ヨシノリ
ヨシノリ

うむ。お主の妖術なるものは実に便利じゃ。
云葉を使わずとも噺が頭の中に入ってきおった。
こたびも良き策を思ゆるぞ

上機嫌のヨシノリはほころんだ顔で鼻下の口ひげを弄ぶ。
松華は静かに扇子を閉じ、美しい正座でニヤリと笑う。
濃紺の直垂を纏い、折烏帽子を頭にのせたもう一人の男が、その真意を知るべく口を開いた。

若い男
若い男

将軍様。こたびは如何様(いかよう)な策を用いるのでござろうか

ヨシノリ
ヨシノリ

ふっ。ヒデヤス。慌てるでない。
我の野望は大きくてな。
云にては表せらるまい

ヒデヤス
ヒデヤス

はっ

ヨシノリは余裕の笑みで家臣ヒデヤスを一蹴し、野望の断片を一つ一つ話し始めた。

ヨシノリ
ヨシノリ

西の彼者に妖術の幕府がござると噂には聞いておりき、しかして、こたびの松華の注進にて其れを確信したでござる。
出遅らるる前に我らが先行するでござる

ヒデヤス
ヒデヤス

彼の風聞、誠にてござったか

ヨシノリ
ヨシノリ

左様じゃ、彼の国は妖術を渡世に活か致し。
さればそこから妖術を手に入れ、我が民へも同じく用いて幕府の繁栄と民の渡世向上を図ろうではござらぬか

含みを込めた笑みを浮かべながら揚々と話すヨシノリを目の前に、松華は静かに微笑み賞賛した。

松華
松華

さすがはヨシノリ様。何より民の事を考えておいでじゃ。
わらわの他に妖術が使える者などこの国には皆無。
妖術の繁栄こそわらわの悲願ゆえ、一石二鳥の政策じゃのう。
おほほ

ヨシノリ
ヨシノリ

そうじゃろう、そうじゃろう。
我が国は渡世に必定なものの工面には大分苦労しておるからのう

そう言ってヨシノリは、3人の中心にある火の灯った菜種油を見つめた。
その視線を追った家臣のヒデヤスは、言わんとする台詞を代弁する。

ヒデヤス
ヒデヤス

誠に仰せのごとくでござる、この部屋の灯りも火を絶やさぬよう番をしていなければならぬ上、水の確保も随意とならず。
暑い時の風送りはことごとく臣下の者にて造作かかりしもの、宵闇の灯りを照らす道具が提灯の灯りのみにて、埒明くこと無しで候

松華
松華

そうじゃ、わらわが見てきたかの国では、都合の良いときだけ火を起こし、必定の時のみに水を流す。
暑きしは手を下さずとも風を起こして涼を取り、宵の訪れとは仲柄ござらぬ「時騙しの石」なるものを使い夜分も便無しとはならずして過ごしておるのじゃ

ヒデヤス
ヒデヤス

なんと!
其れらことごとくが手に入らば我が国の繁栄は益々のものになりし候。
将軍様、ぜひご英断を!

夢のような話を聞いたヒデヤスは、視線を松華からヨシノリへと移し興奮した様子で指示を仰いだ。
しかし。

ヨシノリ
ヨシノリ

まあまあ、未だ早まるにてござらん。
これらのものを手に入れて易易と与えては勿体なかろう

ヒデヤス
ヒデヤス

勿体ない……とは?

ヨシノリ
ヨシノリ

これらを使わしめることにて、とこしえの統治が出来る仕組みにしなれけばならんな。
流行りと常識に上手く乗せ、民が妖術に依存した状態を作り出すでござる

松華
松華

おーほっほ。なるほどそれは面白いのお

ヨシノリの口から飛び出したのは、思いもよらぬ戦略的提案だった。
かの国を見てきた松華はその真意を理解したのか、閉じた扇子を片手で持ち口元を隠しながら愉快に笑う。が、未だ実態の知れぬ夢の話に、ヒデヤスのみが疑問を浮かべた。

ヒデヤス
ヒデヤス

依存……。
なれどいかがやとは……

ヨシノリ
ヨシノリ

これほど利便なるもの、正に『神の賜り物』。
民には帝より賜りしものとし、その術自体を神聖化するのでござる

ヒデヤス
ヒデヤス

なれど未だ未知の術。
大事を思えば覚束ぬで候

ヨシノリ
ヨシノリ

ふん。そんなもの神のみぞ察すこと、帝のご意思、と処理してしまえばよかろう

ヒデヤスの不安を鼻で笑い、身勝手ながらも明確な答えを返答した。
それに続き松華も、未来を想像し楽しむようにその策を肯定する。

松華
松華

くくく。確かにのお。
「神の賜りもの」とすれば、この国の民は疑うことなく「常識的なもの」としてすぐ受け入れましょうぞ

ヨシノリ
ヨシノリ

左様じゃ、しかして使用料を徴収し財政を潤わせよ。
否を唱えるものには使用を何時なれど止めてしてしまえば、民は困るじゃろうからよろず申すことなく、承服するじゃろう

ヒデヤス
ヒデヤス

将軍様!それはまかりならぬ事では……

ヨシノリ
ヨシノリ

そのほう。我の策に不満でもあるのか?

ヒデヤス
ヒデヤス

め、滅相もございませぬ!
なれど、反発する民も現らるるで候……

冷や汗を流しながらも、民の事を思いヒデヤスは必死になって策に反発する。
対して松華は真面目なヒデヤスを嘲笑し、憐みに満ちた表情を向けた。

松華
松華

ほほ。
ヒデヤス殿はやはり何もわかっておらぬようじゃのう

その様子を悠々と眺めながら、ヨシノリはゆっくりと腕を組んだ。

ヨシノリ
ヨシノリ

心配及ばずじゃ、ヒデヤスよ。この国の民が一番案ずる事はなんだ?ん?

ヒデヤス
ヒデヤス

其れは……

ヒデヤスは言葉を詰まらせた。
その様子をニヤニヤと見つめ、ヨシノリは気を大きく語りだす。

ヨシノリ
ヨシノリ

それは『他人に迷惑をかけること』だ。
わかるかヒデヤスよぉ?
要は、だな。世間の目という世俗が気になって仕方のう習性を利用するでござるよ

ヒデヤスは眉をひそめ、恐る恐るその真意を確かめる為に言葉を繋いだ。

ヒデヤス
ヒデヤス

……してその心は、如何に……

ヨシノリ
ヨシノリ

神の術は、区画ごとの供給と致す。
一人とも否を唱えるならば、一族はおろか近隣の民までにて不便被る仕組みにするでござる

松華
松華

ほっほっほ。なるほどのぉ。
「世間に迷惑がかかるから」という民の口癖を利用するというわけじゃな。
流石ヨシノリ様の策はぬかりない。ククク

ヨシノリ
ヨシノリ

そうじゃ。流行り物と世間様には弱いからのう。この国の民は!はっはっはっは!

将軍ヨシノリは家臣ヒデヤスへ得意げに自分の考えた策を、さも恩着せがましく説法した。
高笑いを続けるヨシノリに続き、松華も閉じた扇子の裏でクスクスと小さく笑い続ける。
その様子をヒデヤスは複雑な表情で眺めた後、そっと畳を見つめ沈黙した。

松華
松華

そうそう。
中でも「時騙しの石」は注目に値するぞよ

思い出したかのように松華はそれを議題に上げた。
ヒデヤスは先程から気になっていた聞き慣れぬ単語に、思わず顔を上げ反応する。

ヒデヤス
ヒデヤス

いかようなものであると、ござるか

松華
松華

宵闇でも周囲を明るくする道具じゃ、提灯とは違って火を使わないのじゃ

ヒデヤス
ヒデヤス

それは、素晴らしきで候

松華
松華

ほれ。これじゃ

そういうと松華はキモノの袖から手のひらに収まるほどの透明な鉱石を取り出した。
皆の注目が集まったのを見計らいそっとその石に力を込めると、透明だったただの鉱石は見る見るうちに白色の光を放ち、障子にくっきりと3人の影を浮かび上がらせる。
驚きと同時に僅かな恐怖を抱いたヒデヤスに対して、ヨシノリは初めて目の当たりにした時騙しの術に興奮した様子で目を輝かせた。

ヨシノリ
ヨシノリ

おおおお!これが時騙しの石か!
松華どの、これは如何にして?

松華
松華

ほほ。
『ああ。夜道が恐ろしくて一歩も動けぬ。何も食べておらずもやはこれまで……ああおっかさん。あの世でわらわを迎えてくんなまし~』
と、かの国で伏して見せたところ、善良な民が食べ物とこの石を恵んで下さったのじゃ

ヨシノリ
ヨシノリ

はっはっは。流石は松華。憐れ身を演じれば右に出るものなし。
……どれ、良く見せてみよ

ヨシノリは松華の手から石を取った。
すると不思議なことに、先程より光が弱まり、僅かに発光する程度に留まった。

ヨシノリ
ヨシノリ

何とも奇々怪々。
……中に小さき稲妻が見えるな。
雷神が宿るが如し

松華
松華

この石は妖力……かの国では魔力と呼んでいるのじゃが、それに反応して輝き方が変わるようなのじゃ。
土より生まれし鉱物は土の魔法の基本的な素材。西の各地では魔法石と呼称し多くの地ではこれを戦にて目くらまし等に用いておる。
しかし、かの国では珍しく戦ではなく日常生活に使うておるという話ぞよ。
まったく呑気なものよのう、おほほほほ

ヨシノリ
ヨシノリ

まるでお天道様を小さくしたもののようじゃ。
これさえあれば民の稼働率を夜分まで伸ばし、大層働かしめることが叶うでござろうて

ヒデヤス
ヒデヤス

なっ……

黙って聞いていたヒデヤスだったが、信じられないヨシノリの発言に声を漏らした。

松華
松華

ほほ。
そこで、『皆がいつまでも働いている』状況を作り出し、労働時間を『平等にして』帰り支度をさせぬと言う魂胆じゃな

ヨシノリ
ヨシノリ

そうじゃ。皆自分が劣っている事を嫌がるからのう。
平等とお題目を唱えておけば、丑三つ時まで働いても何も言わずじゃろうて

ヒデヤス
ヒデヤス

将軍様!それでは民が、身も心も疲れ果てし候!

ヨシノリ
ヨシノリ

はっはっは。そうだな。ヒデヤス。
誠お主の言うとおりじゃ

真面目な顔でヨシノリを制するヒデヤス。
だが当のヨシノリはその表情をニヤニヤと見つめ、うわべだけの肯定をしてみせた。

ヨシノリ
ヨシノリ

よし分かった。
怠けた者を見つけた者には報償金を与えようぞ

ヒデヤス
ヒデヤス

なっ!?

ヨシノリ
ヨシノリ

それだけではないぞ、我が国には忍者がおるだろう?
妬み深い性格の者を忍者衆へ誘致してまいれ

松華
松華

ほっほっほ!
流石はヨシノリ様、面白いことを仰る。
その心はして如何に?

ヨシノリ
ヨシノリ

自分よりも優れた者……。自分より富を得ている者……。それらを妬む心を持つ者は、あら捜しに必死じゃ。
故に他人の行動が気になり申して是非も無し。
……仲間の疲弊を好機と捕らえ上へと密告する輩は、この妬みの心が秀でている者と見た。
いっその事その者ら、他人の監視を生業とする忍者衆へと転身させるが良いであろう

松華
松華

なるほどのぉ。密告の仕組み自体を忍者衆への適性試験にするわけなのじゃな。流石ヨシノリ様。こちらも一石二鳥の政策じゃ。
いつどこで誰が見ているか分からぬ恐怖。いつか自分が密告されるかもしれないと疑心暗鬼で過ごす日々‥‥‥。
あぁ、何とも愉快!皆家族の為に血眼になって働くであろうのう

ヨシノリ
ヨシノリ

わが策は万能なり、考える事を放棄した民意は足元に及ばず。
我が策より秀たる策を思いつけない議会は烏合の衆と等しきなり

ヒデヤス
ヒデヤス

……

意気投合する二人の様子を、ヒデヤスは拳を握りながら無言で眺める。
従者から賞賛の言葉が聞こえない事を不服に感じた将軍ヨシノリは、冷めた表情でその姿を見据えた。

ヨシノリ
ヨシノリ

ヒデヤスよ。
……何か言いたげではないか?
言うてみ

表情とは裏腹にやけに優しい口調で語りかける声色を聞き、ヒデヤスは冷や汗をかきながら尚も押し黙る。
家臣として、将軍の策を賞賛しなければならないことは分かっている。うわべだけでもいい。素晴らしき策であると言葉をかけるだけの事なのだが、どうしても己の奥深く、心の底から湧き出る何かが賞賛の言葉に縄をかけ、喉の先へと出ないよう内に引き込んでいる。
そうして言葉を飲み込むこと数秒後、意味ありげな独り言が耳から無理矢理入ってきた。

ヨシノリ
ヨシノリ

そなたの家族はさぞ良い暮らしをしておるのだろうなぁ……

ヒデヤス
ヒデヤス

……はい。
それがしは将軍様の、ご配慮によって

ヨシノリ
ヨシノリ

病の弟は元気かの?
我が命により薬膳衆が毎日良き薬を煎じておる。
不治の病もお神の寵愛の前にはその毒牙を掛けられまい

ヒデヤス
ヒデヤス

……はい。
それがしの弟は余命を数年乗り越え、今日を生き抜き候

ヨシノリ
ヨシノリ

誰のおかげで、その幸せがあるのか……忘れるでないぞ?

ヒデヤス
ヒデヤス

……将軍様は全てにおいて長けていらっしゃる。
将軍様の意の下に天下泰平が叶うもので候

ヒデヤスは歯を食いしばりながら将軍への賛辞を述べた。否定しようのない真実。葛藤を乗り越え口から出た言葉は、無論本心からの賛辞ではない。
家族を守る為だけの上辺の言葉は、民の未来が掛かった言葉でもあった。己の発言が引き起こす世の行く末を想像し、民に対してあらゆる罪悪感が湧き上がる。
だがしかし、もはや己の将軍を賛美する以外に残された道はもう無かった。
明らかな虚言と分かるその言葉に満足したのか、ヨシノリは姿勢を正し声を張った。

ヨシノリ
ヨシノリ

左様。
全体を掌に掴んでおれば、民を雑兵として転用する事もまた容易く、神へ命を捧げる事を一家の名誉である常識を作れば、死をも恐れぬ最強の兵が生まれる。
全ては思うがままじゃ

ヒデヤス
ヒデヤス

流石は将軍様。新たなる名誉と常識。将軍様、いえ、神のご意志を民は喜んで受け入れましょう。
……して将軍様、私共にはどうのような要職をご用意で

ヨシノリ
ヨシノリ

案ずるでない、新しい事が始まれば自ずと要職が生まれる。
お主らはそれぞれの大臣になってもらう予定じゃ

ヒデヤス
ヒデヤス

将軍様、ありがたき幸せ

松華
松華

ほほほ。楽しみじゃのう

ヨシノリ
ヨシノリ

では早速、かの国へ手紙を綴ろうではないか

さも当然のように言い放ったヨシノリだったが、馬鹿正直に手紙を出すなどといった常識的な提案に驚いたのは松華だった。

松華
松華

おや?すぐに奇襲をかけないのかえ?
かの国は常時は兵が手薄。他のどの国よりも城を攻め落とすのは簡単じゃぞ?

ヨシノリ
ヨシノリ

ふん。例え兵がいた所で、たかだか100人程度であろう。
どれほどかの国の妖術が優れていようと、匠を極めた我が国の兵20人程度で事足りる

松華
松華

おほほ。凄い自信じゃ。
かの国の驚く顔が目に浮かぶのぉ

ヨシノリ
ヨシノリ

まあまあ見ておれ。
ふっ、はっはっは!

意味ありげに呟くと、ヨシノリは大きく笑って仰け反った。
奇抜な策で幾度となく民を思うままに操ってきた事実を知る松華は言わずもがな、すんなりと受け入れ一緒になって笑い始める。
対して、神妙な面持ちでヒデヤスはその様子を伺いつつ、静かに目を閉じることしかできなかった。

ヨシノリ
ヨシノリ

久しぶりに、倭寇の兵を募ろうではないか
……もちろん、くれぐれもお上には内密にな

ヒデヤス
ヒデヤス

御意

ヨシノリ
ヨシノリ

ふっはっはっはっは。
諸外国への政略は腕がなるわい!

こうして将軍は臣下の者へ地位を約束し、不穏な動きが無いよう国民を忍者衆に監視させ、国内の武士たちには『外国より侵攻の兆し有りと帝より言を賜った』とし内密に志願兵を募らせたのであった。







ディアヒストリー23 終了

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