
将軍ヨシノリの邸宅「花の御所」近くの山奥で、修行僧を修練する寺の住職。
紫色の法衣を纏った、坊主頭の朗らかな翁。
ある時、突然寺に丸刈りの若い娘が送られてきた。
住職は驚き事情を聴くと、娘は突然泣き出しこう言った。
「ここで修業させて下さい……! そうしないと私……! 将軍様に殺されてしまう!!!」
膝から崩れ落ち手で顔を覆い、その後床に伏して泣くその娘。
住職はその娘を酷く憐れみ、そして優しく介抱し、寺の奥へと招き入れた。
それから事のあらましを聞いた住職は、その娘が将軍ヨシノリの侍女であったこと、宴の席での些細な失敗で、大勢の人の前で髪を切られ、更には侍女の任を解かれ丸刈りにされ、ついに城を追い出された経緯を知る。
寺には以前から、将軍ヨシノリの悪行の噂が届いていた。
このままでは国の安寧が危ないと、住職は直接将軍ヨシノリの元へ向かおうと決意する。
心を入れ替え、善行に勤しむよう、そして自らの侍女に慈愛の心を向けるよう、そう伝えに行く為に。
しかし……。
将軍ヨシノリを咎めるやいなや、住職はぐつぐつと煮えたぎった火鍋を頭から被せられ、大やけどを負ってしまった。
寺に帰った住職の姿を見た娘は卒倒し、修行僧たちは慌てて冷やした布で住職の頭部や顏を覆った。
一命は取り留めたものの、痛みで口を開くことが出来なくなってしまった住職は、そのうち「舌無し住職」と呼ばれるようになり、寺の奥で数年間、ただひたすらに座禅を組み、新たな悟りの境地へと自身を到達させたのだった。