サブストーリー5

【魔女が消える日】

女神ジュノーの加護する季節がやってきた。
比較的穏やかな気候のリフルシャッフル侯国でも、
水を司る精霊ウンディーネのいたずらか、長雨が続く事が多いのである。
現に先月のファンタジー市もウンディーネの気まぐれに悩まされた。
風を司る精霊シルフまでも気まぐれにクスクスと笑いながら駆け抜けていったのだ。
これにはファンタジー市に参加する歴戦の商人達もお手上げで、
ウンディーネのいたずらが収まることをただただ祈る事しか出来ないのだ。

さて、そんなファンタジー市であるが、
私の相棒である魔女がファンタジー市から暫く姿を消すというのだ。
彼女の愛する白いふわふわ巻き毛の魔獣の容態が
悪化したのもあるが(その後無事に回復している)
更なる高みを目指す為、新たな魔術を取得すべく、突然魔術の猛勉強を始めたのだ。
部屋中にあるありとあらゆる魔術書をひっくり返しては、羊皮紙に書き起こし、
なにやら怪しげな魔術を繰り返してはぶつぶつうわ言をうめいている。
勉強熱心で凝り性の彼女であるので、こうなったら、もうテコでも動かない。
ひたすら、鍛錬を重ね、研鑽するのみなのである。
寝食すら忘れ、新たな魔術を編み出すその姿はまさに【魔女】らしい。
『そういう訳だから、私の新たな魔術が完成するまで、
ファンタジー市はお休みするわね。』と、魔女。
突然の申し入れに私は少々面食らったが、魔女の為なら致し方ない。

すっかりファンタジー市の馴染みとなった彼女の存在は、他の商人達や騎士、
エリーナ嬢にとって、そして勿論私にとっても大事な存在である。
が、故に魔女の頑張る背中を横目に、トランクに魔装具を詰める。
そうして馴染みのボーラーハットを被り今日も私はファンタジー市に向かう。
精霊達の気まぐれに振り回されない事を祈りながら。


(text by medamadara)


【大騒動の裏側で】

祓魔師と使い魔がひと騒動起こしていた頃、元凶を作り出した魔女はというと。

「うーん、良い買い物したなぁ」

渦中の人とは思いもせず、両手いっぱいに戦利品を抱えてご機嫌であった。鼻歌まで歌い出しそうである。
たまに作る『魔女の秘薬』に、上質な素材や補助の魔装具は欠かせない。その点ファンタジー市は最高の仕入れ場所である。どの店を覗いても装具は一級品だし、高級な素材が相場より手頃な価格で売られている事もある。ついつい買い物が長くなるのは当然であった。
と、市場の一角でわあっと歓声が上がる。一際賑わっているのは闘技場だ。市場で手に入れた魔装具の力と立ち回り次第で、いち領民が大柄な騎士に膝をつかせる事もできる模擬試合はファンタジー市の目玉イベントである。
闘技場の中心で、鎧姿の騎士が槍を高々と上げている。重たいものはもっぱら魔法で運んでしまう魔女にとっては何度見ても新鮮な光景だった。筋力を魔法で一時的に増強する事はできるかも知れないが、それはあくまでその場しのぎ。武具を着込んでなお軽々と武器をふるえるのは、たゆまぬ鍛錬あってこそなのだ。
「あ!」
と、槍をしまった騎士が魔女を見て声を上げる。ガッシャガッシャと鎧を鳴らしてやってくる大きなシルエットに、魔女が思わず一歩後ずさった。
「急にすみません、目玉屋さんの魔女さんですよね?」
「…そうですが…何か?」
「さっきの試合で、目玉屋さんの装具を使ったんですよ。そしたらもう槍が軽いやら力が湧くやらで!ありがとうございます!」
騎士がペコリと頭を下げる。腰に下げているのは確かに祓魔師が作った光属性の魔装具。なるほど、相性が良い訳だ。
「ふふ、力を引き出したのは騎士さんの力ですよ。…ところで、ひとつ聞きたいのだけど」
「はい!何でもどうぞ!」
ハキハキと喋る騎士に魔女はひとつ咳払いをして、ずっと疑問だった問いを投げかけた。

「失礼ですが…もしかして女性の方でいらっしゃるのかしら…?」

そう。この騎士、随分と可愛らしい声をしているのである。しかも彼(暫定)は鎧を着ているので声でしか判断が出来ない。女騎士だっているのだから、別におかしくはないのだが…。

「…」

謎の緊張感が漂う。
そして。

「鎧です!!」

元気よく言い放たれた答えに、魔女は思わず腹を抱えて笑うしかなかった。まさかの第3の選択肢。これは色んな意味で良い人である。

「はあ…笑ってごめんなさいね。もし良かったらお店に寄っていって下さいな。装具の感想はあの子も喜ぶもの」
「はい!」

そうして魔女と騎士は連れ立って歩き出した。
倒壊した店の前で怒れる祓魔師に魔女が正座させられるまで、あと数分。


(text by HAL)

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