サブストーリー8

【炎のように】

巨大な手が魔女を掴み、木に叩き付けた。助ける間もなく、振り下ろされた巨大な鉤爪を銃とナイフでどうにか防ぐ。
咳き込む音と鉄に似た匂いが辺りに充満した。


「おい!大丈夫か!」
「ごしゅじん!くそ、邪魔だ!」


魔女の使い魔が悲痛な叫びを上げる。鉤爪の悪魔の眷属が蠢いて、魔女の元へ行かせまいとしているのを目の端に捉えた。
棍棒のような腕を払い、魔女の元へ駆け寄ろうとした私の前に巨大な影が降り立つ。

『魔女が悪魔に勝てるものか』

醜悪な笑みを浮かべた悪魔が言う。悔しいが事実だ。悪魔の眷属になり得る魔女は、純粋な悪魔として生まれ落ちたモノには力を出し切れない。
わかっていたはずなのに何たる失態か。噛み締めすぎた奥歯がギチリと鳴る。


「…炎の精霊イフリートよ。我が魔力と引き換えに、窮地の友に力を貸して」


弱々しい声と共に光が満ち、魔女の側に炎を纏った雄々しい精霊が現れる。
口から血を流し、手足を折られた魔女は笑っていた。


「【インフェルノ】…其の火は魔を焼く業火なり」


最上級クラスの呪文詠唱を受けて、イフリートが赤い光となって私を取り巻く。気付けば握ったままだった銀ナイフの柄に仕込まれた魔石の中で、ごうごうと炎が燃えていた。

「…これで、ぜったいに…勝てる…」

魔女がごぽりと血を吐いて頭を垂れた瞬間、頭の中でなにかが弾け飛んだ。

『グアアッ!』

まずは魔女を掴み投げた、醜い腕を落とす。そのまま6度、立て続けにナイフで悪魔を斬りつけた。
刃を振るうたびに聖なる炎が吹き上がり、皮膚を刻む。たまらず悪魔が後ずさるのと同時に、ナイフの魔石が割れて光が消えた。
魔石に対してイフリートの力が強すぎるのか、攻撃は7回が限度のようだ。しかし聖霊の類と相性が良くない私にとっては天の助け。それに7回もあれば充分だ。
眷属を蹴散らした使い魔が私の隣に立つ。毛並みは逆立ち、まとう風は鎌のように鋭い。

「黒いの、眷属はまかせろ」
「ああ、助かる」
「僕の分も残せ。…あの喉笛、噛み砕いてくれる!」

使い魔が起こした突風で外套が翻り、悪魔が目を見張った。外套の裏で赤く光る大量の隠しナイフがよく見えたようだ。

「こんなに腹立たしいのは久し振りだが、あの子が勝てると言うのだ。ーー精霊の御名と、古き友人の名誉にかけて、私は貴様を滅ぼす」

挨拶がわりに炎を纏ったナイフを投げ、銀の弾丸を撃ち込んだ。さあ、汚名返上といこう。

(text by HAL)




【灰燼と化す後は】

そう、その日はいつもの狩りと違った。
明らかに我々の実力を上回っていたのだ。
見誤ったのは、悪魔祓い師である私の責任だ。
相棒の魔女は磨き上げた魔力を存分に使う間もなく、
鉤爪の悪魔に右腕を中心に酷く損傷を受けた。
私と、彼女の使い魔の連携で満身創痍になりながらも、
なんとか悪魔を倒した後は、
息も絶え絶えな魔女を、一刻も早く仮住まいに運ぶ為、
彼女の最愛の犬の姿をした使い魔の背に乗せ、
疾風の如く駆けてゆくのを見守ると、
素材を剥ぎ取り、私も急いで仮住まいへと戻った。
仮住まいに戻ると、ご主人を助ける為にベッドに
運んだ後に、ブランケットをかけようとしたのか、
くちゃくちゃになったブランケットが、
魔女の身体にちょこんとのっていた。
心配そうに魔女のそばを離れようとしない使い魔に、
【よく頑張ってくれてありがとう、あとでご褒美をあげるから、ひとまず後は私に任せてくれ】
と、告げると尻尾を下げ、大人しくお気に入りの場所に戻っていった。


…とはいえ私に出来る事は、応急処置と、
悪魔によって受けた傷に込められた、
【呪】を祓う事と、神に祈りを捧げる事だけであった。
不甲斐なさを噛み締めながら、侯国1番の医者を呼びに街へと出る。
この風貌だ、あまり街に出ていたづらに住人を怖がらせるのもよくはないが、背に腹は変えられない。
こうして、医者を呼びなんとか傷の処置は終えられたが、
特に右肩の損傷が激しく、痛み止めの治癒魔法薬を併用しながらでも、治癒までに1年はかかるとの事だった。


己の研鑽の為、必死に魔術や、薬学などを学び直し、
ようやく新たな秘術が手に入ろうという時であった。
私の寿命は永いもの、1年なんて瞬きをしている間に流れるわ。
と魔女は微笑みかけるが、その横顔はどこか寂しげで哀しく映った。


(text by medamadara)

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