【炎のように】
巨大な手が魔女を掴み、木に叩き付けた。助ける間もなく、振り下ろされた巨大な鉤爪を銃とナイフでどうにか防ぐ。
咳き込む音と鉄に似た匂いが辺りに充満した。
「おい!大丈夫か!」
「ごしゅじん!くそ、邪魔だ!」
魔女の使い魔が悲痛な叫びを上げる。鉤爪の悪魔の眷属が蠢いて、魔女の元へ行かせまいとしているのを目の端に捉えた。
棍棒のような腕を払い、魔女の元へ駆け寄ろうとした私の前に巨大な影が降り立つ。
『魔女が悪魔に勝てるものか』
醜悪な笑みを浮かべた悪魔が言う。悔しいが事実だ。悪魔の眷属になり得る魔女は、純粋な悪魔として生まれ落ちたモノには力を出し切れない。
わかっていたはずなのに何たる失態か。噛み締めすぎた奥歯がギチリと鳴る。
「…炎の精霊イフリートよ。我が魔力と引き換えに、窮地の友に力を貸して」
弱々しい声と共に光が満ち、魔女の側に炎を纏った雄々しい精霊が現れる。
口から血を流し、手足を折られた魔女は笑っていた。
「【インフェルノ】…其の火は魔を焼く業火なり」
最上級クラスの呪文詠唱を受けて、イフリートが赤い光となって私を取り巻く。気付けば握ったままだった銀ナイフの柄に仕込まれた魔石の中で、ごうごうと炎が燃えていた。
「…これで、ぜったいに…勝てる…」
魔女がごぽりと血を吐いて頭を垂れた瞬間、頭の中でなにかが弾け飛んだ。
『グアアッ!』
まずは魔女を掴み投げた、醜い腕を落とす。そのまま6度、立て続けにナイフで悪魔を斬りつけた。
刃を振るうたびに聖なる炎が吹き上がり、皮膚を刻む。たまらず悪魔が後ずさるのと同時に、ナイフの魔石が割れて光が消えた。
魔石に対してイフリートの力が強すぎるのか、攻撃は7回が限度のようだ。しかし聖霊の類と相性が良くない私にとっては天の助け。それに7回もあれば充分だ。
眷属を蹴散らした使い魔が私の隣に立つ。毛並みは逆立ち、まとう風は鎌のように鋭い。
「黒いの、眷属はまかせろ」
「ああ、助かる」
「僕の分も残せ。…あの喉笛、噛み砕いてくれる!」
使い魔が起こした突風で外套が翻り、悪魔が目を見張った。外套の裏で赤く光る大量の隠しナイフがよく見えたようだ。
「こんなに腹立たしいのは久し振りだが、あの子が勝てると言うのだ。ーー精霊の御名と、古き友人の名誉にかけて、私は貴様を滅ぼす」
挨拶がわりに炎を纏ったナイフを投げ、銀の弾丸を撃ち込んだ。さあ、汚名返上といこう。
【灰燼と化す後は】
そう、その日はいつもの狩りと違った。
明らかに我々の実力を上回っていたのだ。
見誤ったのは、悪魔祓い師である私の責任だ。
相棒の魔女は磨き上げた魔力を存分に使う間もなく、
鉤爪の悪魔に右腕を中心に酷く損傷を受けた。
私と、彼女の使い魔の連携で満身創痍になりながらも、
なんとか悪魔を倒した後は、
息も絶え絶えな魔女を、一刻も早く仮住まいに運ぶ為、
彼女の最愛の犬の姿をした使い魔の背に乗せ、
疾風の如く駆けてゆくのを見守ると、
素材を剥ぎ取り、私も急いで仮住まいへと戻った。
仮住まいに戻ると、ご主人を助ける為にベッドに
運んだ後に、ブランケットをかけようとしたのか、
くちゃくちゃになったブランケットが、
魔女の身体にちょこんとのっていた。
心配そうに魔女のそばを離れようとしない使い魔に、
【よく頑張ってくれてありがとう、あとでご褒美をあげるから、ひとまず後は私に任せてくれ】
と、告げると尻尾を下げ、大人しくお気に入りの場所に戻っていった。
…とはいえ私に出来る事は、応急処置と、
悪魔によって受けた傷に込められた、
【呪】を祓う事と、神に祈りを捧げる事だけであった。
不甲斐なさを噛み締めながら、侯国1番の医者を呼びに街へと出る。
この風貌だ、あまり街に出ていたづらに住人を怖がらせるのもよくはないが、背に腹は変えられない。
こうして、医者を呼びなんとか傷の処置は終えられたが、
特に右肩の損傷が激しく、痛み止めの治癒魔法薬を併用しながらでも、治癒までに1年はかかるとの事だった。
己の研鑽の為、必死に魔術や、薬学などを学び直し、
ようやく新たな秘術が手に入ろうという時であった。
私の寿命は永いもの、1年なんて瞬きをしている間に流れるわ。
と魔女は微笑みかけるが、その横顔はどこか寂しげで哀しく映った。