サブストーリー7

【祓魔師の憂鬱と】

未開の森の仮住まいを出た瞬間、
灼熱の精霊サラマンダーの猛威が振るう。
暑い!なんだこれは!!!嘘でしょぉ?!!と素っ頓狂な声を上げる私に、
『流石にいつもの祓魔師装束は無理でしょ。
貴方冷却魔法使えないんだから。』
とキンキンに冷えた部屋から魔女が手をひらひらさせる。
ぐぬぬ…これはサラマンダーだけではなく、
ジンの類…イフリートも協力してません?
という程のもはや酷暑と云っても、差し支えない陽射しが、全身漆黒の私に突き刺さる。
『やだー!白い服やだー!祓魔師の装束は黒じゃないと映えないしー!』
とジタバタ駄々をこねる私を横目に魔女は、
はよファンタジー市に行けとばかり、使い魔を使ってぐいぐい押す。物理とは卑怯である。
致し方なく、軽装で出発した私であったが、
いつもは多くの人で賑わうファンタジー市も、
この暑さで、人が殆ど歩いていないのだ。
こりゃ本日の行商はまずいなぁと、大汗を額にかきながら馴染みの商人と話していると、
なんと、リフルシャッフル侯国侯爵が手ずから
大量の冷却魔法がかかった水筒を商人達に1本1本お渡しになられたのだ。
冷却魔法のかかった魔法の水を飲むと力が漲り、
身体中を清涼感が駆け巡る。
サラマンダーやジンの猛威に負けてはおられぬ。
と気合を入れ直し、まばらに歩く住人たちに話しかける。
そんな事を繰り返しているうちに、サラマンダーも落ち着きを取り戻したのかただ飽きたのか、
何にせよ程良い気温になった。
その頃には広場もいつもの活気が戻り、人々で賑わい始めた。
そしてその時であった。
我が盟友であり、唯一狩ることが出来なかった悪魔である
SAW氏が早馬でファンタジー市に駆けつけてくれたのだ。
長旅であっただろうが彼には微塵も疲れの色が出ていないどころか、
悪魔らしくサラマンダーの猛威も全く寄せ付けぬ、
漆黒の衣とオーラを纏っている。
その証拠に額に汗一滴すらかいていないのだ。
『人間とは弱き生き物よな。』
とは、魔女にもいわれるが、人の道を外れた者達は、
どうしてこうも強く美しいのだろうか。

早速、魔女に習った魔女とっておきのアレンジが加えられた投影魔法を使い、
唯一使役できる精霊にSAW氏と私の写し身の影を託すと、
精霊は細かい光の粒となり、魔女の待つ未開の森へと飛んでいった。

魔女とっておきの投影魔法それは
我々が動く姿や声をそのまま記録し、
精霊の力を借りて遠方にいる者へ送る術で、
本来ならば、羊皮紙に浮かび上がらせた肖像を、
精霊や魔獣に託し、遠方の者へと届ける術なのだが、ここに魔女の大幅なアレンジが加えられている。
私も初めて目にした時は大層驚いたものだが、
魔女の研鑽が身を結んだ結果であろう事は、
明らかで思わず顔がほころぶ。

…ファンタジー市も終わりを告げる鐘が鳴ると、
早々に店じまいをし、SAW氏と近くの料理屋へ向かう。
値段も手頃で味は良し。城下町の人々や商人達もよく利用する、大衆料理屋である。
出てくる料理に舌鼓を打ちながら、昔噺に華が咲く。
SAW氏とはかれこれ10年近い付き合いになるが、
その頃から私の魔道具を好んで使う、
珍しい悪魔であった。
再会の祝いに、新たな魔道具を渡す。
それは闇の属性を持った瑪瑙を繋ぎ合わせた鈍色のアミュレットであった。
普段、魔道具として売りに出す事はないが、
気が向いたら、こうして作って馴染みの者に渡すのだ。

SAW氏との件は魔女にどえらく羨ましがられ、
なんなの!あの投影魔法は!!!
教えなきゃよかった!!!と拗ねられ、
さらに魔女の当たり散らし魔法、ランダムハンティングにより、革の財布を大衆料理屋に飛ばされ、
翌朝半泣きで取りに行った事はまた別のお話…。

(text by medamadara)
(Special thanx SAW)




【魔女の嫉妬と】

「なんなの、あの投影魔法は!教えなきゃよかった!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて」
「これが落ち着いていられるもんですか!」

叫び声にうっかり魔力を乗せてしまい、窓にピシリとヒビが入ったところで祓魔師がホールドアップの姿勢を取った。ちなみに使い魔はさっさと2階に避難済みだ。賢い子である。
研鑽のためにお留守番は私が選んだ事。祓魔師の楽しいお土産話を聞くたびに私も頑張ろうと思えるので、ファンタジー市には是非とも行ってきてほしい。そのために、とっておきの魔法だって教えたのだ。
従来の投影魔法と比べて使う魔力が少なく、しかし気軽に、手早く、望むものをそのまま送れるように私がアレンジした魔法。絵心がない私と魔力がやや少ない祓魔師には相性が良く、ここ数ヶ月たいへんに重宝されていた。

でもまさか、まさかあの名高い悪魔のSAW様がいらっしゃるなんて、お店に立ち寄ってお話されていくなんて思わないじゃない!
盟友だと祓魔師から紹介されて以来、私はSAW様と投影魔法を介してお話をするようになっていた。
私は投影魔法を2種類にアレンジした。声をそのまま届けられて、時間差もほとんど無く離れた相手と会話が出来ちゃう高等魔法だ。ただし媒介となる上質な水晶玉が2つ必要で、精霊の力も自分の魔力もそれなりに使う。
術式が漏れると面倒な事になりかねないので、誰かに教えるつもりはない。よほど魔力量が多くないと体が耐え切れないだろうから、純粋な人間で扱えそうなのは…このあたりだと侯爵様ぐらいかしら。
水晶玉を介してSAW様と話す内容は、ほとんどが他愛もない世間話。でも時には秘術を教えてもらったり、知恵を授けて頂いたりもしている。対価は『研鑽に励むこと』なので、私はいまだに五体満足の身だ。
悪魔にしてはやけに人間臭く、木端魔女の私にも優しいSAW様との楽しい時間はまさに憩いのひとときである。
そう。私はSAW様の大ファンなのだ。それも結構過激な部類である。はっきり言おう。羨ましい!妬ましい!!

「いくら盟友だからって距離が近いのよ!もっとこう、2メートルぐらい離れなさい!」
「久々に会った友人との投影魔法ぐらい許してくれてもいいじゃないか!」
「何!?マウントのつもり!?あったまきた!」

自分の中で魔力を練り上げる。祓魔師が驚きつつも防御の構えを取るが、まだまだ甘い。私の狙いは祓魔師であり祓魔師にあらず。

『財はシェイドの影に隠れ、シルフの風で旅をする!【ランダム・ハンティング】!』
「しまった!」

詠唱と共に紫と緑の光が灯る。2つの光は祓魔師の周りをくるくると回り、一直線に工房へと飛んでいく。
【ランダム・ハンティング】は闇の精霊シェイドと、風の精霊シルフの力を借りて発動する。知恵に長けたシェイドが持ち物からひとつ選び、気ままな性質を持つシルフがそれを隠す。たったそれだけのイタズラ魔法だ。
魔力を込めるほどシェイドは相手にとって価値があるものを見極め、シルフは予測もつかないところへ隠す傾向にある。あくまで探させる事が目的なので、持ち物や場所は取り返しの付かないことにならないよう制約がかけられているけれど。
この魔法に散々引っかかってきた祓魔師の顔が青ざめる。そして足をもつれさせながら、工房の奥へ消えていった。
ちょっと溜飲が下がった私は、魔術書を読み進めるために部屋に戻る事にした。魔力はちょっとしか込めてないから大した事にはならないだろうし。

***

「それであの子ったら、財布がない!なんて窓が揺れるぐらい叫ぶものだから、私おかしくって」
『お前のちょっとはアテにならんな…。ヤツとは魔力量が桁違いなのだから、少しは加減してやれ』

水晶玉からSAW様の素敵なお声が聞こえてくる。
さっきは祓魔師に当たり散らしたけど、あの子には使えない魔法で私はこうしてSAW様と気軽にお話ができる。あの子も話ができるように、術式を改良してみようかしら。
ちなみに、この穏やかな時間の代償は【私の死後、物語の魔女としての魔法を差し出す】こと。しかも口約束だ。SAW様なら今すぐに軍門に下らせて使役することもできるのに、本当に変わった方だ。

『しかしこの街は活気があって良いな。明日が楽しみだ』
「明日?なにか予定がありまして?」
『聞いておらんのか。明日は祓魔師が、我とお前を引き合わせると言っていたぞ?我を楽しませるが良い』
「え」

とんでもない事実に私は祓魔師に負けず劣らずの叫びを上げ、また魔力を乗せてしまったせいで家中の窓を全て吹き飛ばしてしまった。でも私は悪くない。悪くないったら!

2022/7/2
(text by HAL)
(Special guest:SAW)

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