【微睡みの誘惑】
『ちょっとさっさと起きなさいって』
微睡む私の眠りを妨げるのは相棒である魔女の声だ。
『おい黒いの、早く起きろ!』
と大型犬にしか見えない魔女の使い魔も参戦する。
寝かせてくれ、寒いのは苦手なのだ。
リフルシャッフル侯国をキンキンに冷やすのが趣味。
…の雪の女王は飽きて眠りについたのか、
はたまた雪溶けを告げる精霊の動きが活発化したのか、
あるいは両方か。その辺の事情は詳しくないが、
僧衣の下は骨ばかりの身体である。寒さが沁みる。
悪魔祓い師とはいえ、そこら辺を歩く領民に負ける気しかしない。
しかし、魔女は完全深夜型である。魔女の性質なのか、
朝や昼はどうしても本来の力を発揮出来ないそうだ。
…となるとこの声はなんだ?本来魔女はこの時間、爆睡している。
もそり、と布団から頭だけ出し、声のする方へ目をやる。
魔女特製の目覚まし時計といったところか、
紅い魔力の塊である球がふよふよと浮いていた。
彼女の忠実な配下であり、大事な家族の使い魔は、
紅い球の横でぴしっと立っている。
犬種でいえば、スタンダードプードルというのか、
限りなくそれに近い姿をしているので、とにかく大きいのである。
…あっ。いや寝てる場合じゃない!
今日はファンタジー市じゃないか!!
もう1匹の相棒にありがとう!!と伝え、
わしゃわしゃ撫でてから、急いで準備を始める。
(魔女は…来んのかな?)
『魔女ー!!ファンタジー市来んの?』
これまたベッドで爆睡をかます魔女。
無理矢理なんとか起こすと、超低音ボイスと、鋭い眼光で、
『…行けたら、いく…』
とだけ云い捨て、再び布団に包まった。
なお、彼女がファンタジー市に姿を現す事はなかった。
【魔女集会へようこそ】
「魔女集会って昼間に行うんだな…」
「あからさまにがっかりしないで頂戴」
魔女集会に訪れた時、お供に連れてきた祓魔師にちょっと強めのデコピンを食らわせた。
痛い!と喚くのは無視である。
【魔女という種族】は悪魔の眷属というイメージが強すぎて、
国によっては定期的に『魔女狩り』が行われる程だ。
平和なシャッフル侯国でも、私はずっと魔法使いに擬態して暮らしている。
げに恐ろしきは人間。これ以上同胞を減らしたくない魔女達は、
あえて昼間に集まるようになった。しっかり人払いの魔法をかけた会場で、
普通の市場では出せないような珍品、魔導書、情報などを交換するのだ。
サバトの類は一切行われないので、人間が迷い込んでもシラを切り通せる。
今の魔女集会は、知り合いの生存確認を兼ねた平和な交流会なのである。
「しかし、これだけの魔女が集まるのか…」
店前を闊歩する露出度が高い魔女から気まずげに目を逸らしつつ、祓魔師が言う。
「人間に擬態した悪魔の端くれもいるよ?ほら、アレとか」
「なんだと?」
「獲物を狩る目をしなーい」
本日2度目のデコピンを喰らわされた祓魔師が、
ふわふわのスカートを揺らして抗議する。
本来なら集会に入れない祓魔師に、
私の魔法がかかった可愛いお洋服を着せて眷属に擬態させているのだ。
大変可愛らしい。祓魔師もまんざらではなさそうなので、定期的に着せようかな。
「今日は、あの子も来るんだろう??」
「ええ!とっても楽しみだわ」
祓魔師の顧客でもある狐耳の魔女が、東の国からはるばるやってくると連絡をくれたのだ。
会えるのが楽しみすぎて、ソワソワしっぱなしになるのは許してほしい。
それまでは商売!と頑張る祓魔師の横で、私もようやく板についた歓迎の挨拶を振りまくのであった。