【砕氷を願うもの】
数ある魔法ギルドの中でも、彼らは一際異彩を放つ情報集団であった。
魔法使い、魔装具師、あらゆる戦士達、果ては国や人種の違い。このギルドはそれら全てに優劣を付けず、歴戦の猛者も見習いも平等に扱い、ギルドの門を叩くものを全て受け入れた。
そして全ての知恵やアイデアは共有して発展すべきという信念のもと、ギルドの紋章でもある青い伝書鳩をギルドメンバーのみならず、一般庶民にまで広く貸し出した。
【青い鳥】と名乗るギルドは技術の向上と人脈作りに大いに役立つ組織であると、各地で好意的に受け入れられていた。ーー数週間前までは。
代替わりしたてのギルド長が、ギルドに巣食う不届き者を一網打尽にしようと、悪用されていた伝書鳩を媒介に捕縛用の氷魔法を使おうとしたのだ。
その結果、器に見合わぬ魔法に伝書鳩が耐えきれずに氷魔法は暴発。悪用されていた伝書鳩の近くにいた人々が各地で倒れ、目を覚まさなくなるという事態に陥ったのである。
ーーー
祓魔師と魔女が静まり返った城下町を抜けると、目の下に濃い隈を作ったエリーナ嬢が待っていた。こちらです、と城内へ案内する声は少し枯れ、足取りもどこか覚束ない。この数週間、各地を駆けずり回った苦労を思えば致し方ない事であろう。
シャッフル王女の寝室に辿り着くと、エリーナ嬢が扉を開けて祓魔師と魔女を招き入れた。穏やかに眠っているシャッフル王女の枕元で、魔法を暴発させた例の青い鳥が翼をばたつかせている。
城下を見回ってくると言って踵を返したエリーナ嬢を見送り、2人は王女のそばに跪いた。手を取ると氷のように冷たい。呼吸はか細く、鼓動もひどくゆっくりだ。

「ギルド長から悪意を感じれば、私の『悪魔の目』どもが騒ぐはずだが、城下町からずっと、魔装具は光属性のものたちしか反応がないな」
「腹立たしいけど、悪意がなかったと思うしかないわ。あったとして媒介越しなら薄まってしまう。貴方の『悪魔の目』も反応できなくて当然よ」
城下を先導するエリーナ嬢の言葉が2人の脳内を過ぎる。悪意によるものなら、呪いとして自身の魔術で対応もできたのだと。
『…あくまで【魔法の暴発】であるというのが、医療ギルドの見解です。暴発魔法への対応は相当繊細な技術を要するため、シャッフル王女へ無闇に治療魔法は施せないそうです。眠っていらっしゃるので、魔法薬を無理に飲ませる訳にもいきません』
淡々と説明するエリーナ嬢の声には、悔しさがはっきりと滲み出ていた。
悪意をはっきり感じ取れる状態なら、祓魔師の魔装具で解術から回復魔法まで施せたというのに、魔法が暴発する可能性があるのではどうしようもない。今は各地で被害に遭った全ての人々が、沈黙を貫くギルド長に抗議の文章を送り続け、氷魔法を解除するよう求め続けているという。
悪意のない悪事こそタチが悪いと魔女が眉を寄せ、祓魔師は頭が痛いという風にこめかみに手をやった。
「しかし、ギルド長が思想に反するものを一掃しようと強硬手段に出るとはな」
「なのにこの鳥は『人工的な使い魔』。ギルドの上層部に魔術師がいるのね。まったく、魔法と魔術なんて水と油じゃないの」
「ご自慢の鳥は媒介にもならず、この惨状か。【青い鳥】の恩恵を一般庶民も受けられる仕組みなら、城下町が静かなのは当然か…」
「この国は勤勉な人達が多いもの。【青い鳥】を使って情報を集めて、王女様の力になりたかったのかも知れないわね…」
2人は改めてシャッフル王女の顔を見やった。常に領民の見本たれと背筋を伸ばして歩く「高潔な王女様」は、凜とした碧眼を閉じて眠り続けている。その姿は「悪い魔法使いに眠りの魔法をかけられたお姫様」の物語を彷彿とさせた。
シャッフル侯国のために奮闘する我らの王女様。もしかすると領地の発展のために【青い鳥】を使ったのかも知れないし、魔力につられた青い鳥を窓から招き入れただけなのかも知れない。
いや、真相は今は置いておこう。シャッフル王女が悪い事などするものかと、父親たる領主を筆頭に、被害を免れた侯国中の魔法使いや戦士達、領民の怒りは増す一方なのだから。
「早く目を覚まさないと、私達みんなで『悪い魔法使い』をやっつけに行っちゃうかも知れませんねぇ」
「王女様、争いはお嫌いでしょう?私もバッドエンドは嫌いなの。絶対にハッピーエンドにしてくださいましね」
国中の怒りを一心に受けて落ち着きがなかった鳥が、2人の怒りが込められた魔力を受けて、ついにぱたりと倒れる。
少しばかり溜飲を下げた2人は、エリーナ嬢が戻るまで王女の手を温め続けるのであった。
(text by HAL)